6.6 REBELS.56インタビュー
インタビュー
公開日:2018/5/17 3
取材・文 茂田浩司「再び、世界で一番強い男になる夢に向かって」
「日本ムエタイ界の至宝」が再起する。
6月6日(水)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.56」に梅野源治(PHOENIX)が出場する。今年2月18日の「REBELS.54」で史上初の日本人ルンピニースタジアム認定王者、同時にWBCムエタイ世界王座、ラジャダムナンスタジアム認定王座に続く「ムエタイ世界3冠王」という前人未到の記録に挑戦。しかし、対戦相手の「KOキング」クラップダムに4RTKO負けを喫して快挙達成はならなかった。
試合翌日の会見では去就を明らかにせず、長く沈黙を守っていたが、5月1日の記者会見で「REBELS.56」に出場し、一階級上の現役ランカー、ピンペット(ルンピニースタジアム認定スーパーライト級5位)と対戦することが発表された。
クラップダム戦の敗北や再起を決めるまでの葛藤、そして、強豪ピンペット相手の再起戦について、梅野がその胸中を明かした。
再起戦でいきなり1階級上の現役ランカー。 「最初はびっくりしましたけど、これからやっていくのはそういうレベルの選手たちですから」
5月1日、都内のREBELS事務所にてREBELS.56(6月6日、後楽園ホール)の記者会見がおこなわれた。出席したのはルンピニージャパンのセンチャイ代表と、梅野源治。センチャイ代表からは「梅野源治vsピンペット」が正式に決定したとの発表があった。
センチャイ代表「前回(2月)、梅野選手はクラップダム選手と戦いましたが、その試合をタイのルンピニースタジアムの幹部とビデオでチェックしました。梅野選手は150%の自信を持って戦い、負けてしまいましたが、もう少し怖い気持ち、慎重な気持ちがあれば、勝てたと思いました。
しかし、梅野選手に対する高い評価は変わりませんし、ルンピニースタジアムの幹部もいつも梅野選手に注目しています。そして、今回はピンペット選手、スーパーライト級5位の選手と戦っていただきます」
タイトルマッチでのKO負けから約3か月半という短いスパンでの再起戦。何も一階級上の現役ランカーという、掛け値なしの強豪と対戦しなくても……。
会見の取材に来た記者たちの空気を察したのか、センチャイ代表はこう付け加えた。
「梅野選手にも話したんですが、私がタイから呼ぶのは賭けがフィフティー:フィフティーになる相手です。勝つために弱い相手を呼ぶというのはないですね」
センチャイ代表の話を聞いてた梅野は、表情一つ変えずにこうコメントした。
「復帰戦の相手としてはかなりの強豪ですけど、僕は年内にクラップダムにリベンジしたい気持ちを持っていて、ここで調整試合で軽い相手を持ってきても納得できないです。
強豪に勝ち、クラップダムにリベンジした方がお客さんにも伝わると思うので。ピンペットはサウスポーなので『仮想クラップダム』のつもりで戦えますし。しっかりと、いい勝ち方をして、見に来たお客さんが『梅野は次にやればクラップダムに勝てるんじゃないか』と、いい期待感を持って貰えるような試合が出来るんじゃないかと思ってます」
とはいえ、1階級上のランカーとは……。
そんな記者たちの空気に、梅野はこう答えた。
「僕の想像では(復帰戦の相手に)1階級上のランカーが来るとは思っていなかったですね。『サウスポーの選手、パンチャーとやりたい』と言っていたので、それがランカーなのか、ランク外なのか、僕は分からなかったんですけど。想像を超える選手だったので最初はびっくりしました。
だけど、これからやっていく選手はだいたいそういうレベルの選手になると思うので。これで(相手の)ランクを落として、勝って『俺、強いだろ!』と言ってるのは、僕はよいと思わないので。そういう意味では、僕のやりたい相手を用意して貰えたな、と感謝しています」
強豪ピンペットに勝ち、王者クラップダムへのリベンジへ――。
梅野の強い決意が感じられた会見だった。
会見終了後、梅野に話を聞いた。
クラップダム戦の敗因は何か。
「クラップダムは強かったです。だけど……」
まずは2.18「REBELS.54」でクラップダムに敗れてからのこと。
「試合の後、1週間は何も考えられなかったです。試合のことも、今後のことも、考えるのが嫌になって、考えることを拒否すると眠くなるんですね(苦笑)。だから、1週間は起きたらものを食べて、食べ終わるとまた眠くなるので寝て、の繰り返しでした」
そうして、時間を掛けて傷ついた心と体を回復させて、ようやくこれからのことを考えられる状態になった。
「一番大きなところは『もっと強くなれるのか、なれないのか』で判断しているんです。僕は『世界で一番強い男になる』という夢を追っていて、そのためにラジャ、ルンピニーのベルトを取ることを目指してきた。でも、格闘家には限界があって、続けていれば打たれ弱くなったりもする。もし『弱くなっている』と感じたら、辞めようと決めているんです。有名になりたい、お金を稼ぎたい、が目標なら他にも手段はありますし、格闘技でしか稼げない、他のことは出来ない、という理由で格闘技を続けることを、僕はしたくないので」
梅野には「自分は今よりももっと強くなれる」という確信があった。そして、周囲の声が梅野の再起を後押しした。
「試合翌日の一夜明け会見でも言いましたけど『負けたけど、もう一度』とか『いつでも挑戦させて貰える』というのが、僕は嫌なんです。そういうごっつあん体質のスポーツ選手が好きではないですし、僕はそうなりたくない。
だけど、試合の後にいろんな人がアドバイスしてくれたんですけど、ある人に『梅野源治はもう一人だけのものじゃない』と言われたんです。会長やトレーナー、ルンピニーのベルトを取るチャンスを作ってくれたREBELSの山口代表やルンピニージャパンのセンチャイ代表、いろんな人が協力してくれて、みんなで『梅野源治』を作り上げてきたのに、挑戦しました、ダメでした、はい、お疲れさまでした、で終わっていいのか。
そう思うとだんだん悔しくなってきて、クラップダムに負けたままで終わりたくない、もう1回やろう、クラップダムにリベンジしよう、と考えるようになったんです。
周囲の力は本当に大きいです。僕ひとりでは大したことは出来ないですし、ここまで来れなかった。これまでもいろんな人が支えてくれましたし、今はさらにその輪が広がっているので『こんなに心強いサポーターがいるんだから、僕はまだいける。これからもみんなの力を借りてもっと強くなれる』と思えたんです」
クラップダム戦の敗因は、梅野の中ではっきりとしていた。
「先に言っておきたいのは、あの試合で僕は100%の力を出したと思いますし、クラップダムの方が強かった、ということです。1ラウンド目から行ったのも作戦なので、間違ってはいないと今でも思っているんです。
言い訳みたいになってしまうのが……。『実はこういう状況だった』というのは、僕しか知らなくていいことですし」
だが、我々メディアが見た「クラップダムの奥足ローが効いて3ラウンドを取られ、挽回のために勝負に出た4ラウンドにパンチを喰らってTKO負け」は、梅野の実感とは大きく違う。
ならば、あの試合で何が起きたのかを、見ている人のためにも説明すべきだろう。
そのことを、梅野自身も十分に理解していた。
「見ている人は『梅野はクラップダムの重いローを効かされた』と思ったようですけど、ローは全く効いていなかったですし、クラップダムよりももっと重いローを蹴る選手はいっぱいいて、僕はそういう選手と戦ってきていますから。
ただ、奥足(右構えの梅野の右足)を狙って来るローなので『このまま貰い続けると、後半、強いパンチや強い蹴りが打てなくなるな』とは思っていました。
クラップダムの攻撃ではパンチですね。重かったです」
そのパンチをなぜ貰ってしまったのか。
梅野は3ラウンドのある場面のことを話し出した。
「僕の、二人のタイ人トレーナー(ウアントレーナー、ビントレーナー)に指摘されたのは『3ラウンド、倒れ際にクラップダムにヒジを落とされた。あれで梅野は動きが悪くなったよ』と」
REBELSがYouTubeにアップしている「2018.2.18 REBELS.54 クラップダムvs梅野源治」の動画で確認すると、開始から8分30秒、組みに来るクラップダムに対して梅野は左足で払って崩しに掛かり、二人はもつれながら倒れた。
ちょうどレフェリーの背中越しでカメラの死角になっているが、クラップダムは倒れながら左ヒジを梅野のアゴに落としていた。
梅野は立ち上がった時に少しふらつき、それを見たクラップダムはパンチとヒジで攻勢を掛けた。
「試合の動画を見ると、それまで僕は顔にパンチを貰っていないんですよ。あの場面から明らかに動きが悪くなり、クラップダムも急に詰めてきているんです」
もう一つの敗因は、試合に臨む精神面。
2月18日の後楽園ホールは、指定席が完売し、立ち見のみの当日券も売り場には朝から行列が出来て、発売と同時に完売。超満員の会場は「歴史的な瞬間」を目撃すべく、熱気に満ち溢れていた。
「僕を応援に来てくれる人には『最初の方から来てくれ』と伝えてありました。やはり僕の試合だけを見に来てもらうよりも、REBELSの大会全体が盛り上がった方がいいですから。でも、みんな第1試合から来てくれていて、2、3試合目にバンテージチェックに行った時に驚きました。
日本でタイトルマッチを組んで貰うにはお金も掛かりますし、いろんな人が動いてくれて実現した試合なので『勝ってベルトを巻いた姿を見せて、みんなに喜んで貰いたい』という気持ちが強くて…、普段とは違いましたね。後で『後楽園ホールの熱気が凄かった』と聞いても、まったく覚えていないんですよ(苦笑)。緊張していて、入場の時から覚えていないんです」
対照的に、クラップダムは試合前日の計量と記者会見から終始リラックスした表情を浮かべていた。
コメントを求められると「遊びに来たのではない。ベルトを持って帰るために来た」と自信を見せ、さらに「梅野の攻撃は何も怖くない。明日は逃げないで戦いましょう」と挑発さえして見せた。
クラップダムに漂う「余裕」の正体を、梅野陣営のタイ人トレーナーは見抜いていた。
「僕は『ずいぶん自信満々に喋るな』ぐらいにしか思っていませんでしたけど、トレーナーには『クラップダムは勝っても負けても海外だからあまり関係ない。だから、ガンガン攻めて、KOで勝てば名前も上がるからいいや、という気持ちの余裕があったね。でも、梅ちゃんは“絶対に勝たないと”と硬くなってたよ』と言われました。
クラップダムは日本というアウェーをプラスにしたんです。タイでやれば、ギャンブラーが見ているから負けたら信用を落としてしまうし、緊張する。海外ならそこまででもないので」
冷静に試合を振り返り、敗因を分析し、その上で梅野は言う。
「再戦してクラップダムに勝つ自信、ありますね」
なぜ梅野源治はリベンジマッチに強いのか?
これまで、梅野は再戦をして負けたことがない。
ゴンナパー・シリモンコンには12年2月にルンピニーで判定負けをし、約2か月後「REBELS.11」(ディファ有明)で再戦して判定勝ち。
チャンヒョン・リーには12年10月に判定負けをし、翌年3月の再戦で判定勝ち。
ヨードレックペット・オー・ピティサックとは15年12月にラジャダムナンスタジアム創立記念興行で対戦して3RKO負けを喫するも、翌年10月「REBELS.46」(ディファ有明)で再戦して判定勝利。見事に、梅野はラジャダムナンスタジアム認定ライト級のベルトを巻き、史上8人目の外国人ムエタイ王者となった。
なぜ、梅野源治はリベンジマッチに強いのか?
「僕がリベンジマッチに強いのは、タイ人がリベンジマッチに強いのと同じ理由です。
これまで日本人は『パンチ、ローしか出来ない』と見られてた。僕はパンチ、ロー、ミドル、首相撲、全部の技が使えるので、再戦の時は使う技の比率を変えればいいんです。
ゴンナパー・シリモンコンには首相撲に付き合いすぎて負けました。だからREBELSさんでリベンジマッチを組んで貰い、今度は首相撲に付き合わず、全部突き放して戦いました。これは首相撲のテクニックがなければ突き放すことも出来ないはずなので、僕は首相撲が出来るからこそ『突き放す』というテクニックを使えたのかな、と。
チャンヒョン・リーとやった時は、パンチで殴り合い、雑になって負けた。なので、次は殴り合わず、ミドルキックを蹴っていったらまったく触れさせずに勝てた。
ヨードレックペットとは、近い距離でヒザを打ちに行く時にヒジを貰ってしまった。だから、僕の方が身長も高いので組みに行く必要がないので、遠くからミドルキックを蹴っていった方がいい、と考えて、再戦ではミドルキックを蹴りまくって勝ちました。
単純に、僕は使える技が多いのでそういう選択が出来るんです」
クラップダムとのリベンジマッチのイメージもすでに出来ている。
「前回の戦い方が悪かったとは思っていないんですけど、多少は使う技を変えていきます。
性格上、負けたままで終わるのは嫌なので、早くクラップダムとやりたいですね。目的はルンピニーのベルトを取ることですけど、一番の理想はクラップダムに勝ってベルトを取ること。もし仮に、クラップダムがベルトを失っても、やっぱりクラップダムとやりたいですし、リベンジマッチで勝つ自信はありますね」
まずは6月6日(水)、後楽園ホールで1階級上のスーパーライト級5位、強豪ピンペットに勝つこと。
ピンペットに勝ち、ランキングを上げておけばクラップダムとのリベンジマッチ実現に大きく近づく。
この試合をマッチメイクしたセンチャイ代表は「ピンペットはかなり危機感を持って来日するはず」という。
センチャイ代表「梅野選手は現在ライト級9位です。ピンペット選手に勝てば、梅野選手のランキングは上がると思います。そうすれば、日本でクラップダムとタイトルマッチでの再戦も可能です。あとはクラップダムの試合予定が入っているかどうか。今、タイはムエタイを世界に広げたい気持ちを持っていますから、ルンピニーの幹部の方たちは梅野選手をすごく注目していますし、日本でクラップダムと再戦する可能性も高いです。
危ないのはピンペット選手の方です。もし階級が下の梅野選手に負けてしまったら、ランキングを外れてしまう。だから気を引き締めて日本に来るでしょう」
ムエタイの有力選手の情報や試合映像のチェックを欠かさない梅野は、ピンペットのことを以前からマークしていた。
「ピンペットのことは前から知っています。テクニシャンで、首相撲でも戦えますし、ミドルキックで距離を取って戦うことも出来る。ピンペットがインディトーン(昨年11月の「REBELS.53」で梅野が4Rにヒジ一撃でKO勝ち)と試合した時は、後半首相撲の勝負になっていましたね。スーパーライト級ですし、体がデカいのかな、と思います。
僕にとっては、希望通りにサウスポーを用意して貰って『仮想クラップダム』でもありますし、僕はこれまでタイトルマッチでは3回連続サウスポーと当てられているので(苦笑)。今回のピンペット戦はサウスポー慣れするチャンスでもあるので、ありがたいですよ」
クラップダムとのリベンジマッチ&ルンピニータイトル挑戦に向けて、勝ってランキングを上げたい梅野。対するピンペットも、ランキングを守るためにどうしても落とせない。
どちらが勝ち上がるか。今回も激闘必至である。
最後に、梅野にメッセージを貰った。
「生で見ないと伝わらないものがある、と僕は思っていて。激しい試合して、KOも狙っていきたいですし、プラス、ムエタイの技術もお客さんに見せたいです。
これまでは『伝わらないなら仕方ない。自分でルールや技術を勉強してくれ』と思っていたんですけど、僕の試合を見て、ムエタイの技術に興味を持って自分で調べて詳しくなった人もいますし、ジムでムエタイを習うようになった人もいます。たとえ判定になっても『ムエタイってこういうルールなんだ』『ムエタイって面白いし、技も豊富なんだな』と、より興味を持つような試合ができればいい、と思うんですよ。
あとは、試合だけじゃなく、入場の雰囲気も他の選手とは違うものを見せていければ、お客さんを引き付けられるのかな、とかも考えています。
僕、動機なんて何でもいいと思っているんですよ。僕の試合はモデル事務所の仲間が20、30人来てくれるので、僕の応援に来てくれた人が『モデルの人と一緒に写真を撮っちゃった』と言っていたり(笑)。『梅野の試合を見に行くと、芸能人に会えるかも』でも何でもいいです。それをきっかけにして、結果としてムエタイに興味を持ってくれたら最高じゃないですか。
格闘技を盛り上げていきたいですし、そのきっかけ作りをしていきたいので。ぜひREBELSの会場に足を運んで、僕とピンペットの試合を見てほしいです。YouTubeでは伝わらない、迫力とか熱気のある試合が見せられると思うので」