緑川創(藤本ジム・新日本キックボクシング協会)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/9/21

聞き手・撮影 茂田浩司

「意味のある試合だから『ヒジなしルール』を受けた。
日菜太君との試合は最高のモチベーションで、しっかりと僕の強さを見せます」

 10月8日(月・祝)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.58」。メインイベントを飾るのは「70㎏日本最強決定戦」日菜太(クロスポイント吉祥寺)vs緑川創(藤本ジム)である。
 REBELSの山口元気代表と、新日本キックボクシング協会の伊原信一代表が「ファンが見たいカードを実現させて、選手をもっと輝かせるために」とスタートした団体交流戦の第一弾。反響も大きく、前売りチケットは早くも完売。急遽、立見席の発売が決定したがこれも完売は時間の問題だ。
 老舗・新日本キックを代表してREBELSに乗り込むだけに、緑川も相当なプレッシャーを背負うことになるが……。取材場所の藤本ジムにはリラックスした笑顔の緑川がいた。






「目黒スタイルの最高傑作」石井宏樹氏と「目黒の破壊王」松本哉朗氏にボコボコにされて、
緑川は「グリーンモンスター」になった。



 日菜太と緑川は、同じ1986年生まれの同学年で、プロデビューも同じ2005年6月(日菜太はRISE、緑川は新日本キック)。
 ただ、プロで歩んだ道のりは対照的。日菜太はデビュー4年目でK-1MAX出場を果たし、以降は国内外のビッグイベントで活躍してきた。一方、緑川は日菜太のK-1MAXデビューと同時期に新日本キック・日本ウェルター級王座を獲得。2013年まで4度の防衛に成功するなど協会内でコツコツと腕を磨いた。
 緑川は、ビッグイベントで活躍する日菜太を羨ましいと思ったことはない、という。

「藤本ジムの先輩、石井宏樹さんが初めてムエタイ王座に挑戦した試合(2005年8月、対ジャルンチャイ。判定負けでラジャ王座奪取ならず)を見てから、僕はずっと『タイのベルトが獲りたい』と思ってヒジありの世界でやってきましたから、K-1に出てる日菜太君を見て『羨ましい』と思ったことはないですね」

 特に影響を受けた藤本ジムの先輩として、緑川は二人の名前を挙げた。
 一人は「ムエタイ王座」を最大の目標とするきっかけを作った石井宏樹氏。もう一人は松本哉朗氏である。
 石井氏は2011年に史上5人目の外国人ムエタイ王者となり、翌年に外国人王者として史上初の王座防衛に成功した「目黒スタイルの最高傑作」(2014年引退)。「目黒の破壊王」松本氏は超攻撃的スタイルでミドル級、ヘビー級の2階級制覇を果たした(2015年引退)。
 石井氏の抜群のスピードとテクニック、松本氏の怒涛の攻撃力をスパーリングで体感しながら、緑川は実力を付けていった。

「石井さんにはずっとスパーリングパートナーをやらせて貰って、色々と教わりました。松本さんは、年齢は一回り違いますけど中学が同じで、とても可愛がって貰った、というか、手加減なしでボコボコにされました(苦笑)。
 ローを効かされまくって、帰る時はいつも足を引きずってましたし、左の側頭部が腫れ上がった時もありました。正面から見ると、明らかに左側だけボコっと出てるんですよ。松本さんには『お前だけは倒れなかったな』って褒められましたけど(苦笑)。松本さんがヘビー級に上げてからはさすがに『勘弁してください』ってスパーは断って、マスしかしなかったです」

 石井氏と松本氏に鍛えられて、緑川は入門半年後にプロデビューを果たす。

「僕はアマチュア経験がないんです。入門して半年後にアマチュアに出る予定だったのが、プロの大会に出場予定の選手が松本さんに眼窩底を折られて出られなくなって『緑川、出ろ!』と(苦笑)。それでプロデビュー戦で勝ったら、飛行機代を渡されて『タイに行って練習してこい』ってゲオサムリットジムで4週間練習しました。キックを始めてからの1年間は色々ありすぎましたけど『やるからにはトップを獲る』って覚悟は決まりましたね」

 ムエタイ王座だけを見て「ヒジありルール」にこだわってきた緑川だが、過去に1度、ヒジなしルールの試合を経験している。
 2014年のアンディ・サワーとの試合だ。緑川は強打で鳴らすサワー相手に一歩も退かずに打ち合い、判定勝利を収めた。
 この時、ヒジなしルールを呑んだのは理由があった。

「K-1がテレビで放送してる時は、友達や知り合いによく『K-1の○○は強いの?』と聞かれたんです(苦笑)。そういう時はメディアに名前が出ていない悔しさがありましたね。
 それでサワー戦のオファーがあった時は『ヒジなしルールでもやってやろう!』と思いました。試合に勝って、僕のことを知らない人にも『K-1に出てる選手全員がレベルが高いわけじゃないよ』って分かって貰えたかな、と」






日菜太戦はキック人生2度目のヒジなしルール。
「よく『ヒジなしルールの方が向いてる』と言われるので、自分でも楽しみです」



 サワー戦の後、緑川はスーパーウェルター級(70キロ)に階級を上げた。

「減量が辛くて、ウェルター級は限界だったんです。お腹は割れてないですけど(笑)、普段からメッチャ食うし、メッチャ飲むし、骨太なので全然体重が落ちないんです。
 それで、サワーにも勝ったので『もういいだろう』と思って、藤本会長に『ウェルター級王座を返上させてください』と言って、協会のベルトを返上して階級をスーパーウェルター級に上げました。
 ウェルター級の頃はマッチメイクに恵まれなくて、正直モチベーションが上がらない時期もありました。でも、先輩たちが同じような経験をしてるのも見てきてますし、我慢するしかない、と。だけど、階級を上げたら戦う場が広がったんです。KNOCK OUTに出たり、ラジャダムナンスタジアムでタイトルマッチも出来ました。結果は出せなかったですけど……」

 今年6月27日、緑川はタイ・バンコクのラジャダムナンスタジアムで同スタジアム認定スーパーウェルター級王座決定戦に臨んだ。対戦相手のシップムーン・シットシェフブンタム(タイ)は過去に日本で対戦し、この時はドロー。緑川の王座奪取が期待されたが、1ラウンドに左ストレートでまさかのダウンを奪われ、終盤追い上げたものの判定負けで王座奪取ならず。プロ63戦目でようやく辿りついたビッグチャンスだっただけに、緑川は落胆し、そして不安に襲われた。

「僕にとって大きな分岐点でした。試合の後は『もう1回挑戦したらベルトを獲れるのか?』『このままキックを続けていけるのか?』と不安になりました。でも、最終的に『もっとやればよかった』と後悔したくないと思って、現役を続けて、もう一度、タイのベルトを目指すことにしたんです」

 そんな時に届いた「10・8REBELS.58、ヒジなしルールでの日菜太戦」のオファー。緑川は迷いなく受けた。

「ずっとヒジありルールにこだわってきたので『ヒジなしルールは意味のある試合しかしない』と決めています。サワー戦がそうでしたし、日菜太君との試合のオファーを聞いた時に『とても意味のある試合だ』と思って、即決でした。
 僕は『強い相手に勝って、ムエタイのベルトを巻きたい』と思っています。シップムーンも弱い選手じゃないですし、ああいう強い相手に勝ってちゃんとベルトを巻きたいです。
 そのためには『緑川、強いな!』とみんなに思って貰わないといけないんです。お客さんやスポンサーさんに『緑川は次にやれば、ムエタイのベルトが獲れるんじゃないか』と思って貰うことが大事。そのためには、強い相手にしっかりと勝って、自分の強さをアピールしたい。『日菜太戦』は僕にとってチャンスです。
 今、70キロの日本人選手が本当にいないんです。ヒジありで8人トーナメントをやろうとしても8人も集まらないと思うんです。だからこそ、今回の日菜太君との試合のような、注目されるワンマッチは大事にしたいです」

 かといって、過剰なプレッシャーはない。「楽しみです」と緑川は笑う。

「ずっとボクシングジムに通って、ボクシングトレーナーと練習しているんですけど、いろんな人に『ボクシングに転向しろ』と言われてきました。それはそれで嬉しかったですし(笑)自信にもなりました。ただ、やっぱり競技が違いますし『まだキックでトップも取れてない』という思いがあって、ボクシングに転向しようと考えたことはないです。
 タイのように、一人の選手がムエタイをやったりボクシングの試合をしたり出来る環境で『ボクシングルールの試合』が出来るなら正直、やってみたいって思います。でも日本だと(ボクシングと)厳しく分かれてるので難しいですからね。
 あと、これもよく言われてきたのが『ヒジなしルールの方が合ってるんじゃないか』と(苦笑)。だから、今回の試合は本当に楽しみですし、プレッシャーよりも期待感が強いです。
 でも、今年に入ってヒジの調子がいいんですよねー(笑)。シップムーンにはダウンさせられましたけど、僕がヒジで2か所切って、試合後に15針縫ってましたから(笑)。今度の試合でも『ヒジを打っちゃったらどうしようかな?』とは思いますね」

 今、緑川は「とても調子がいいです」という。その理由を聞いて驚いた。プロ選手なら誰もが取り組む「フィジカルトレーニング」に、緑川は昨年からようやく取り組んでいるのだという。

「ずっと『やった方がいい』と言われていたんですけど、筋トレが大嫌いなんです(苦笑)。
 変な意地もあって、野球をやってる時(成立学園野球部出身)からずっと自重トレーニングだけでしたし、松本(哉朗)さんも全く筋トレしていなかったんですよ。今は筋トレマニアになって『現役の頃もやっとけばよかった』って言ってました(笑)。
 昨年、宮越(宗一郎)戦に負けて『動きが悪すぎる』と指摘されて、フィジカルトレーニングを始めたんです。それまで『動きが悪くなるのも年齢的に仕方ないかな』と思ってたんですけど、フィジカルをやり始めたら『全然違う』と実感してます。動きが前よりも良くなりましたし、パワーも上がったと思います」

 日菜太戦には最高のモチベーションで臨む。

「REBELSさんのポスターを見たら、2人がメインで『ヒジなしの日菜太と、ヒジありの緑川のトップ対決』という煽り方をして貰ってるじゃないですか。モチベーションが一気に上がりましたよ(笑)。
 試合は、実際にやってみないと分からないです。日菜太君とはパンチのスパーしかやってないので、これが蹴りありになると、日菜太君も戦い方が変わるだろうし、僕も変わります。全然噛み合わないかもしれないです。
 だけど、お互いに意地があるし、日本人同士だから負けられないですし。二人ともいろんなものを背負ってるので、プライドとプライドがぶつかる試合になるでしょうね。
 日菜太君との身長差はまったく気にしないですし、僕は試合で相手の身長を気にしたことがないんです。いつも相手の方が大きいですし、松本さんとずっとスパーリングしてきたおかげで、試合の時に『相手が大きいな』と感じたことが一度もないんですよ(笑)。
 アウェーのREBELSさんに乗り込んでいくのも好きですね。敵地に乗り込んで、ガンガン食いちぎってやろうか、と。
 REBELSのお客さんは、僕の試合をちゃんと見たことのない人が多いと思うんで『グリーンモンスター』がどれぐらいモンスターなのか(笑)。試合でしっかりと見せますので、ぜひ楽しみにしてください」

プロフィール
緑川創(みどりかわ・つくる)
所  属:新日本キックボクシング協会、藤本ジム
生年月日:1986年12月13日生まれ、31歳
出  身:東京都大田区
身  長:171cm
戦  績:63戦43勝(22KO)11敗7分2無効試合
新日本キック第8代日本ウェルター級王者
元ラジャダムナンスタジアム認定スーパーウェルター級6位

日菜太(クロスポイント吉祥寺)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/9/14

聞き手・撮影 茂田浩司

「5、6年前の『キックボクシング暗黒時代』なら、アラゾフに負けた時点で辞めたかもしれない」

 新生K-1に参戦中の日菜太(クロスポント吉祥寺)が、実に1年10か月ぶりにホームリング、REBELS(レベルス)に帰ってくる。
 日菜太は今年3月、新生K-1のさいたまスーパーアリーナ・メインアリーナ大会で「欧州の覇王」チンギス・アラゾフの持つK-1スーパー・ウェルター級王座に挑戦。だが2ラウンドKO負けを喫し、王座奪取はならなかった。
 あれから半年、日菜太は現役続行を表明し、復活の舞台にREBELSを選んだ。対戦相手は新日本キックボクシング協会の70kgエース「グリーンモンスター」緑川創(みどりかわ・つくる。藤本ジム)。緑川も、今年6月にタイ・ラジャダムナンスタジアムのスーパーウェルター級王座決定戦に臨み、判定負けで悲願のムエタイ王座獲りに失敗している。
 ヒジなしルールで世界の頂点を目指す日菜太と、ヒジ打ちありのムエタイ王座を狙う緑川は、スパーリングで切磋琢磨してきた<戦友>である。だが、運命のいたずらが二人をリング上で対峙させる。共に「この試合に勝って日本最強を証明し、再び世界の頂点を目指す」と目論むだけに、絶対に落とせない1戦である。
 日菜太は、緑川創との「70㎏日本最強決定戦」を前に何を思うのか。クロスポント吉祥寺の2階にある「吉祥寺トレーニングキャンプ」で話を聞いた。






「アラゾフは本物の怪物。だけど、戦ってみて『絶対にかなわない相手ではない』と確信」



 日菜太は、その時々の「70キロ級世界最強選手」と拳を交えてきた。ジョルジオ・ペトロシアン、アンディ・リスティ、アンディ・サワー、アルバート・クラウス。その日菜太をしても、3月に対戦したチンギス・アラゾフは別格の強さだったという。

「怪物だ、と思いました。攻撃力が物凄くて、歴代の70kgの選手でもNO.1に近いんじゃないですか。正確ですし、右構えでも左構えでも、右でも左でもヒットすれば倒せる武器を持ってるのがヤツの強みです」

 それでも、アラゾフ攻略まで「あと少し」のところに肉薄した手応えはあったという。

「やってみて分かったんですけど、アラゾフは決して打たれ強くないです。僕の奥足ローが『効いてるな』というのも分かったし、普通に左ストレートも入った。その時、アラゾフは『頭が当たった』みたいなジェスチャーをしたんです。K-1のグローブは薄いから一瞬そう思ったのかもしれないけど、それだけ衝撃を感じたんでしょうね。
 だから、僕がもうちょっと我慢できれば、展開は変わったかもしれない。十分にダメージを与える前に、アイツの攻撃がもの凄いからみんな倒されちゃうんですけど(苦笑)」

 最大の誤算は1ラウンド早々に喰らった前蹴りだった。

「アイツの前蹴りがすげえ特殊な軌道だったんです(苦笑)。内から外に回しながら顔を蹴ってくるんですけど、その時に足の指が目に入って、視界が消えたんですよ。その後に左ボディを効かされて、ハイキックで倒されて。ダウンを取られてるから、2ラウンド目は勝負を掛けないといけなかった」

 アラゾフは今年7月、イタリア・ローマで開催された「ベラトールキックボクシング」でジョルジオ・ペトロシアンと対戦。下馬評は「アラゾフ有利」だったが、ペトロシアンはアラゾフの攻撃を上手くさばいて自分の攻撃を当て、判定勝ちを収めた。
 このペトロシアンの勝利を、結果的にアシストすることになったのが日菜太だった。

「僕が喰らったアラゾフの前蹴りをペトロシアンはしっかりと避けていたんですよ。きっと僕とアラゾフの試合映像を見て『この攻撃は貰ったらダメだ』と思ったんでしょうね(苦笑)。
 アラゾフの多彩な攻撃をさばき切るのは相当難しいですけど、ペトロシアンは僕の試合でかなり研究出来たはずです。生粋のサウスポーに対してアラゾフがどう攻めてくるか、僕との試合でシミュレーションして、アラゾフを攻略したんだと思いますよ。僕はペトロシアンにとてもいい材料を提供しました(苦笑)。
 僕にとっては最初の前蹴りで試合のプランが崩れてしまって『力が出し切れなかった』という思いが残りましたね」

 確かにアラゾフは怪物だった。だが「絶対に勝てない相手」ではなかった……。
 日菜太の中で「もう1度」という思いが一層強くなった。






「新生K-1は昔のK-1と同じ、しっかりした舞台作りをしてる。露出が増えて、スポンサーも増えた」



 日菜太は、格闘技界「暗黒時代」の被害者の一人である。2011年、K-1WORLDMAXは運営会社FEGの破たんにより活動を休止。日菜太は「次期エース」と目される存在まで上りつめながら突然「地上波ゴールデンタイムで全国生中継される華やかなリング」を失い、25歳から30歳という格闘家として一番いい時期に「MAXの続き」を求めて国内外のリングをさまよった。
 2015年にはSNSで榊原代表に直訴してRIZIN参戦を実現。それでも飽き足らず、2016年12月には「K-1、非K-1」の壁を壊し、新生K-1参戦を実現させた。
 旧K-1を知る日菜太の目に、新生K-1はどう映ったのか。

「新生K-1の中に入って分かったのは、昔のK-1のスタッフが何人か残っていて、昔と同じような舞台作りをしてることです。ホテルで計量、記者会見があって、勝った選手は同じホテルで一夜明け会見。メジャー感がありますし、ルールミーティングとか個別インタビューもタイムスケジュールが決まってて、選手が試合に集中できるようにたくさんのスタッフが動いているんです。いろんなイベントを見てきましたけど、頭一個飛び抜けてるのが新生K-1ですよ。計量オーバーした選手はホテルに戻ってから何も食べさせて貰えなかったと聞きますし、そういうルールとか規律がしっかりしているんです」

 また、新生K-1参戦は日菜太に思わぬメリットをもたらした。
 それまで日菜太は自分が出場する試合のチケットを手売りすることで「キック一本」の生活を実現してきた。

「僕は『チケットを買ってくれる人』のおかげで、キックボクシングだけで生活してきたんです。だから、選手が自分でチケットを売ることを悪いことと思ってないです。逆に、チケットを売ってこなかったら、こんなにスポンサーは付かなかったし、営業も出来なかったと思うんですよ。いきなり飛び込みで行ってスポンサーになってくれる人や会社はほぼないです。だけど、チケットを買って貰って試合を見て貰うと、向こうから『幾らから広告を入れられるの?』って言ってくれるんです。
 一昨年12月に新生K-1参戦を発表したら、すごい反響がありました。営業してもチケットを買ってくれなかった人が、K-1だと向こうから連絡が来たり。地上波中継とAbemaTVの中継で露出が増えて、スポンサーも増えました。『人に知って貰えて、自分の価値が上がった』という実感はありますね。営業する時『テレビ東京の深夜に僕の試合が流れます』とか『試合はAbemaで生中継してて広告が映ります』っていうと反応も違う。どこに行ってもメリットデメリットはあるんですけど、新生K-1で露出が増えたメリットは大きかったです」

 今、キックボクシング界は活況を呈している。
 新生K-1、KNOCK OUT、RIZIN、ONEとキックボクシング参入が相次ぐ中、REBELSはPANCRASEとのグループ化を発表。来年2月17日に「PANCRASE REBELS RING(仮称)」として地上波ゴールデンタイム生中継を実現させた。
 こうした流れも、日菜太の現役続行を後押しした。

「今、キックボクシングはいい状況に上がってきてます。5、6年前の一番ヤバい時期に比べたら(苦笑)本当に全然違いますよね。
 僕にしても、もしあのビッグマッチでの負けが5、6年前の盛り下がってる時期だったら『もうキックは辞めようか』ってなったかもしれない。こんな辛い思いをして戦って、メディア露出も何にもなくて人に全然知られないなら、モチベーションが続かなかったです(苦笑)」






クロスポント吉祥寺の若手からは「勝ちに行く気持ち」が感じられない



 アラゾフに負けた後、日菜太は欠かさずREBELSの会場に足を運び、休憩時間は「パンフレット購入者限定サイン会」に参加してパンフレットにサインを書きつつ、前座からメインイベントまで全ての試合を観戦した。
 日菜太の目に「日菜太のいないREBELS」はどう映ったのか。

「REBELSで目立つのは地方の選手です。ものすごく活きが良くて『食ってやろう!』って気持ちが伝わってきます。KING強介選手がそうだし、この前(8月3日のREBELS.57)はUMA(ゆうま)が根性出して勝負したし。
 問題はクロスポント吉祥寺の若手選手たちで『元気ないな。もっと一生懸命に勝ちに行けよ!』って思いますね(苦笑)。自分たちがいい環境で試合が出来てることにもうちょっと自覚を持ってほしいですね。これだけの練習環境で、プロモーションを持ってて、なおかつ成長度合いにふさわしい相手を用意してくれるところなんて、他にはないと思うんですよ。
 REBELSの山口代表は常に勝率が50:50のマッチメイクをするんです。2:8ぐらいの『これは厳しいなー』ってマッチメイクはしないんですよ。その選手の成長度合いに合った、勝ったらリターンも多いマッチメイクをしてくれるんです。
 なのに、クロスポントの若手は『勝ちにいかないと!』って勝負してる感が薄いんですよ。それは背負ってるものが少ないんです」

 日菜太の持論は「だから、もっと積極的にチケットを手売りして、スポンサーを獲得しろ」だ。

「実力が近ければ、応援してくれる人の数が多い方が勝つ、って僕は思います。10人見に来てる人と、100人見に来てる人なら、100人見に来てる人が勝つ。簡単に言うと、自分がピンチになった時に『大勢に応援されてる』というのが出るんだと思うんですよ。
 僕は口うるさい先輩じゃないんで、アイツらには何も言わないんですけどね」






「緑川戦は厳しい試合だし、確実に面白い試合になる。これを会場で観ないで、何を観るんですか?」



 REBELS.58(10月8日、東京・後楽園ホール)が近づいてきた。チケットは間もなく完売。「日菜太vs緑川創」の反響に加えて、梅野源治vs元ムエタイ王者、小笠原瑛作vsKING強介など、注目カードが目白押しだ。

「僕を応援してくれる人は『日菜太が勝つでしょ』と思ってると思います。でもそんな簡単な相手じゃないです。自分の中では厳しい相手だと思ってるんで。
 面白い試合になると思うんですよ。お互いに負けられないですし、向こうもこの試合に賭けてくるし、僕もこの試合に賭けてるんで。この試合に勝てば、僕は『日本人対決卒業』でいいと思ってます。この試合にしっかりと勝って、次の目標を立てたいです」

 緑川とはスパーリングで切磋琢磨してきた仲間だ。パンチ力に定評のある緑川は「仮想アラゾフ」になり、緑川の王座決定戦の前は日菜太が「長身サウスポー対策」の相手となった。
 ただ、日菜太はすでに「練習仲間との試合」は経験済みだ。

「松倉(信太郎)との試合(2017年2月)がそうだったんです。アイツとはすげえスパーしてたんですけど、K-1で試合することになっちゃって(苦笑)。
 でもスパーと試合は違いますよ。緊張感が違いますし、お客さんが見てるから手も抜けない。あとスパーならヘッドギアを付けてるしグローブも大きいけど、試合だと一個のミスで終わる可能性がある。そういう意味でも気が抜けないです。
 松倉も、試合になったら突然サウスポーにしてきました(苦笑)。僕がローを効かせて、オーソドックスに戻してやったんですけど(笑)、やっぱり1ラウンドは五分五分の勝負だったんですよ。
 彼(緑川)も、スパーしてて右も左も変えてきたんで、試合でもそうやってくる可能性はあるんですけど、だからといって自分のスタイルを変える必要はないんで。自分のやってきたことをやるしかないな、って」

 どこか余裕を漂わせる日菜太だが、それでも「厳しい試合」を覚悟して臨むのはこれまでの日本人対決の経験からだという。

「新生K-1で松倉、廣野(祐)と試合して、僕は両方とも完勝だと思ったんですけど、相手も意地を見せて倒れなかった。だから、日本人対決はもつれる可能性が高いと思ってます。
 メインイベントでしっかり締めたいですけど、何よりも勝ちたいです。どんな形でも公式記録に『勝ち』と残ることが大事なんで。試合結果だけしか見ない人もいるし、Yahooニュースで試合結果のマルバツだけを見て『弱くなった』とかコメントを入れる人もいるじゃないですか。『いい試合だったよ』は実際に会場で見た人しか言わないんで、勝つことにはこだわっていきたいですね」

 今、日菜太には大きな目標が2つある。まず「世界のトップレベル」に勝つことだ。

「もう1回、あのレベルのヤツらとやりたいんですよね。(アラゾフ戦に)進退を賭けたんですけど、あの試合では出し切れないところがあったんで。ここで辞めたら後悔すると思って。
 現役生活を終える時『もう1回やりたかった』ではなくて『やり切ったな』って思いたい。ほとんどの人がそうはなってないのも分かってるんですけど、僕はやり切って辞めたいんです」

 もう一つは、K-1MAXで一時代を築いた「魔裟斗、佐藤嘉洋」も成し得なかったことへの挑戦。「30代でもう1度、ピークを作ること」だ。

「魔裟斗さんは30歳で引退、佐藤さんも30代になって負けが増えて引退しましたよね(*30代の戦績は19戦7勝11敗1分。34歳で引退)。
 だけど、今はボクサーで35歳とか37歳の世界チャンピオンがいますから、魔裟斗さんと佐藤さんの次の世代の僕らが、この年代でもう一度『上がる』ことが出来たら新しい可能性じゃないですか。それを目指したいです」

 日菜太がそう考えるようになったのは、クロスポント吉祥寺2階に今春オープンした「トレーニングキャンプ吉祥寺」でのフィジカルトレーニングをして得た自信が大きい。

「前はキックだけで、フィジカルは外のジムに行ってやってたのが、今はここ1か所でキックもフィジカルも出来る。それは強みだし、僕らみたいな年齢を取った選手は『もうちょっと伸びる可能性がある』と思えるんで嬉しいですよ。
 ここでフィジカルをやると『まだこういう部分は全然弱いんだな』と分かるし、重さを上げるのは露骨に数字で分かるんで自分が伸びていることが分かりやすいです。
 この年齢になると『セカンドキャリア』が頭をよぎったりするんです。僕も考えてる方の選手だと思うんで、それなりに試合をしながらジムの経営を始めたりしたかもしれない。
 だけど、クロスポント吉祥寺とトレーニングキャンプ吉祥寺で練習していると、自分が強くなってる可能性を感じるから『もうちょっと選手に専念したらもっと強くなれる』って。他の選手を見ても、他にビジネスをやったり、自分でイベントをやるようになるとどうしても練習量が減るじゃないですか。僕はせっかく恵まれた環境があるんだから、選手に専念して、強くなって、ある程度メドがついてからセカンドキャリアを考えたい。練習時間を無駄にしたくないんで」

 最後に、緑川創戦に向けて、日菜太はこう決意を述べた。

「まだ日菜太は終わってない、もう1回、世界と戦える力がある。見てる人にそう思わせたいし、そういうところを見せたいです。
 それは緑川君も同じだと思うんで、この試合は面白くなりますよ。こんな面白い試合を会場に来て生で観ないで、何を観るんだ、って思いますよ(笑)」

プロフィール
日菜太(ひなた)
所  属:クロスポント吉祥寺
生年月日:1986年8月26日生まれ、32歳
出  身:神奈川県平塚市
身  長:181cm
戦  績:63戦45勝(15KO)18敗
K-1WORLDMAX08日本トーナメント3位
初代RISE70㎏級王者
REBELS70㎏王者

KING強介(ロイヤルキングス)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/29

聞き手 茂田浩司
写真提供 KING強介

試合11日前に第4子誕生! 「また、負けられない理由が出来た。宮元啓介選手には沈んで貰います」

 8月3日、東京・後楽園ホールで行われる「REBELS.57」では、格闘技ファン垂涎の好カードが実現した。長く地方で活躍した後、昨年からREBELS(レベルス)に参戦しているKING強介(きんぐきょうすけ)と、55㎏級の日本トップ戦線で好勝負を連発している実力者、宮元啓介(橋本道場)の1戦である。
 KING強介が自慢の強打で倒してしまうか、宮元啓介がこの階級屈指のタフネスで耐え抜き、無尽蔵のスタミナで圧倒するか。
 熱心なキックボクシングファンとして知られ、REBELSを欠かさず観戦している漫画家の森恒二先生(「ホーリーランド」「自殺島」「創世のタイガ」)は「この試合は面白い!これは裏メインですよ!」と大いに期待をしている。
 早速、KING強介に連絡を取り、試合に向けた意気込みを聞こうとしたところ、KING強介の第一声は「産まれました!」。
 産まれた……?






予定日より早い出産。
「試合と重なってしまう心配もあったので、これで試合に専念できます。親孝行な子です」



 「こういうタイミングって重なるものですね……」
 平成最後の夏の出来事を、KING強介はおそらく生涯忘れることはないだろう。
 「爆腕ビッグダディ」KING強介には、すでに3人の子供がいるが、この夏、第4子が誕生することとなった。問題は、出産と、8月2日の計量、8月3日の試合が重なる心配が出てきたことだった。

「予定日は7月29日でした。嫁さんのお腹がだいぶ大きくなって、お腹の中で3700グラム越えていたんで、病院で『予定日前に出てくるんじゃないですか?』って言われたんですけど、こればっかりは分からないですからね。嫁さんが出産で3、4日入院している間、あとの3人の面倒は僕が見ることになるんですけど、8月2日は朝から移動して東京で計量(吉祥寺第一ホテルでの公開計量)、8月3日に試合ですから。もし、それと重なってしまったらどうしようか。一時は、僕が3人の子供を連れて東京に行くことも覚悟しました(苦笑)。
 知り合いは『預かるよ』って言ってくれるんですけど、3人まとめてお願いしないといけないですからね(笑)。僕が面倒を見てても大変で、フラフラになる時もあるのに(苦笑)、3人まとめて面倒を見てほしい、となると気軽に頼めないですし。どうしようかなって心配してました。
 でも、試合の時って、不思議といつも何かしらと重なるんですよねぇ」

 きっと、パパとママの心配を察したのだろう。
 お腹の子は予定日より1週間早く、7月23日に無事に産まれてきた。生まれながらにして親孝行な子供なのだ。
 KING強介からは、自宅で4人の子供たちと撮った写真が送られてきた。

「5歳の長男が海琉(かいる)、3歳の次男が琉輝(りゅうき)、1歳の長女が琉美南(るみな)、次女がこれからです(笑)。
 予定日より早く産まれてきてくれたら助かるな、とは思ってたんですけど(笑)。末っ子なんで、こちらの都合とかは関係なく、勝手に産まれて来るのかな、って思ってたら、1週間早くて親孝行です(笑)。これで試合に集中できますし、また、負けられない理由が出来ました。
 試合の方も、どうしても越えないといけない場所。本当にキックも、プライベートも、両方とも高い山ですけど、同じタイミングでこうも立て続けに来るんですね。
 試合は待ってくれないですし、コンディションを上げて『必死のパッチ』(*関西エリアでの「一生懸命」の最上級語。はてなキーワードより)で頑張っていきます」

 8月3日(金)「REBERLS.57」のセミファイナルに組まれた「KING強介vs宮元啓介」は、強介にとってまさに長く待ち続けたビッグチャンスなのである。






以前は「ベルトを獲った、その先」がなかった
今、REBELSでは次のステージが用意されて、モチベーションは最高潮に上がっている



 KING強介がキックを始めたのは26歳。ずっと格闘技が好きで、やってみたいと思っていたが、近くにジムがなく、格闘技を始めるチャンスがなかった。ロイヤルキングス総帥、KING皇兵と出会い、キックを1から教わり、27歳でプロデビューを果たす。
 以来、いくつかのタイトルを獲り、今年2月、待望のREBELS初参戦を果たす。

 強介は「西からREBELSのリングを荒らしに来ました!」と宣言すると、長くREBELSの軽量級を牽引してきた炎出丸(クロスポイント吉祥寺)と対戦。タフで鳴らす炎出丸に得意の右の強打を浴びせて2度のダウンを奪い、大差を付けて判定で勝利した。
 さらに、4月のREBELS.55では、こちらも強打に定評のあるKOUMA(ウィラサクレックフェアテックスジム荒川)の持つREBELSーMUAYTHAIスーパーバンタム級タイトルに挑戦。「殴り合い上等」のKOUMAは真正面から打ち合いを仕掛けたのに対し、強介は左フックのカウンターを狙い、すぐさま組みついてKOUMAの追撃を封じる。ペースの掴めないKOUMAが強引に前に出たところに、強介の左フックがKOUMAのアゴを打ち抜き、ダウン。ふらつきながらも立ち上がったKOUMAに、強介はパンチの連打を浴びせて2度目のダウンを奪うと、レフェリーは試合を止めた。濃密な3分間の攻防を制し、KING強介はREBELSのチャンピオンベルトを巻いた。

「REBELSさんに参戦して、2戦目でタイトルマッチをやらせて貰えたことにまずびっくりしましたし、KOUMA選手のパンチが強いのも本当にびっくりしました(苦笑)。ただ、KOUMA選手が『パンチが強い』ということは前から聞いてたので、想定内といえば想定内。パンチとタテヒジをまぜて攻めてくるイメージで、実際にヒジで切られてしまいました(苦笑)。
 『KOUMA選手の入り際の隙を狙う』のは作戦でした。KOUMA選手は踏み込んでパンチを打ってくる時にガードが空くんで、そこにドンピシャで左フックを合わせられました。作戦が上手くハマって、あのカウンターを決められたのはちょっと自信になりましたね(笑)」

 試合後、強介は「REBELSのリング」での戦いに対する反応に驚いたという。

「自分のことを知って貰えるようになったんだな、と実感してます。知名度が上がりましたし、気にして貰えることが多くなりましたね。地方で試合してるのとは全然違いますよ。ベルトを獲ろうが何しようが、全然知られなかったのに(苦笑)」

 KOUMAvsKING強介の反響は、YouTube「REBELS TV」の再生回数にも現れている。梅野源治や小笠原瑛作の試合は別格として、KOUMAvsKING強介はすでに1万回に迫る勢いで、他の試合動画と全く違う伸びを示している。

「REBELSさんで2試合しただけですけど、SNSで名前を出して貰っていたり、少しずつ『KING強介』がファンの方々に名前を知られてきた実感があります。やっぱり頑張りがいがあるし、やる気が出ますよ。『もっと東京で結果を残したい』という気持ちも前より強くなってますね」

 KING強介のモチベーションを大いに刺激することがもう1つある。それは、REBELSの山口代表のマッチメイクである。

「僕はこれまでにもチャンピオンベルトを獲ってきましたけど、ベルトを獲っても『その次』が見えなかったです。チャンピオンになっても何の発展もなくて『これから』の話もない。ベルトを巻いて『え、今後はどうなるんやろう?』って(苦笑)。
 それが、REBELSさんではベルトを獲ると山口代表が『次のステージ』を用意してくれている。これでもっとやる気が出ましたし、モチベーションはものすごく上がってますね」

 チャンピオンのKING強介に、今回、山口代表が用意したのが55㎏級で日本のトップクラスと戦い続けてきた実力者、宮元啓介(橋本道場)との対戦である。
 このマッチメイクに、強介の闘志はさらに燃え上がった。

「僕の人生のターニングポイントで、重要な1戦です。こんなにどんどんチャンスが貰えるなんて、去年の今頃は全然考えられなかったですよ。
 宮元選手は必ず越えなければいけない相手だと思ってます。ここを越えないと、キックボクサーとしての僕に先はないです。今は『絶対に越えないといけない』という思いだけで、宮元選手しか見えてない。その先なんて何も見えてないです」

 宮元啓介の過去の対戦相手は、那須川天心、小笠原瑛作、小笠原裕典、江幡塁、高橋亮ら55㎏のトップクラスがずらり。中でも、昨年12月のKNOCKOUTでの江幡塁戦は宮元の驚異的なタフネスぶりをキックファンに知らしめた。

「宮元選手は本当にタフですね。我慢強くて、まったく表情に出ない。江幡戦の映像を見ましたけど、すごくいい攻撃を貰っているのに絶対に前進をやめないんですね。鬼気迫るものを感じたし、宮元選手の中には『死んでもいい』みたいな気持ちがあるのか。映像を通しても伝わってくるものがありました。
 僕とすれば前半勝負で1、2、3ラウンドで倒さないと。4、5ラウンドになると宮元選手がバケモノみたいに出てくるので(苦笑)。ただ、練習は5ラウンドまで戦うことを想定してやっていますよ。
 でも、5ラウンドを通しての削り合いになれば、宮元選手が上でしょう。試合をイメージするんですけど、イメージすればするほど4、5ラウンドで削られまくってる自分が浮かんでくる(苦笑)。ガードも固いので、さあどうしましょうか、って毎日悩みながら練習してます。
 この試合は、僕にとって絶対に負けられない戦いですよ。チャンピオンになって、REBELSさんの看板を背負わせて貰って一戦目。それで、これだけ素晴らしい選手が揃ってる中で、僕と宮元選手の試合がセミファイナルですから。山口代表に期待されているのが分かるし、必ず期待に応えたいですね」

 強介には、恵まれない練習環境の中でも結果を出して、のし上がってきた「叩き上げ」の意地とプライドがある。

「以前は、週2回しか練習日がなかったんですよ。だから、それ以外の日は走ったり、シャドーしたり自主練です。トレーナーもいないので、自分で考えて。今考えると、よく週2の練習で勝ってこられましたよね(笑)。
 今は、本当に練習環境が良くなって、週5、週6で練習できるようになりましたし、いろんな人に協力して貰って、スパーで本番を想定した実戦的な練習が出来ています。仕事して、練習して、練習が終わるとしばらく疲労と脱水で喋ることも出来なくなりますけどね(苦笑)。だから、練習中は集中力を切らさないようにやってます。
 最後は『気持ち』ですね。ずっと気持ちだけで戦ってきましたし、練習環境が良くなった今も『気持ちだけは負けんとこ』っていうのはずっと思っていますね。
 宮元選手との試合は、確実に、どう転んでも激闘になるでしょう。宮元選手は絶対に下がらないですし、僕も倒さないと勝てないと思ってるので攻めていきますから。今、フィニッシュブローを磨いてて、それが決まれば倒せると思います」

 KING強介には、他の選手にはない「ハングリーさ」がある。

「僕は、ずっと地方で、誰にも注目もされなかったですけど地道に頑張ってきて、やっとREBELSさんで大きなチャンス貰えました。チャンピオンになってから『その先』のステージがあるのも嬉しいですし、もっともっとREBELSを盛り上げたい。そうして、僕ももっと知られるようになりたい。
 だから、宮元選手にはリングに沈んで貰います。インパクトを残す試合をして『KING強介』を格闘技界で知らない人はいないぐらいの存在に持っていきます。
 そういえば、炎出丸選手のインタビューを読みました。僕が炎出丸選手に火を付けた? 嫌ですよねー。ずっと追いかけてきたんで、逆に追いかけられることに慣れてないんです(苦笑)。だけど、僕の存在がREBELSさんの活性化につながってるなら、本当に良かったですね。
 宮元啓介選手との試合は必ず『見に来てよかった!』と思って貰える激闘になりますし、最後は僕、KING強介が勝って、REBELSをもっと盛り上げていくんで。8月3日は、ぜひ後楽園ホールで応援をよろしくお願いします」

プロフィール
KING強介(きんぐ・きょうすけ)
所  属:ロイヤルキングス
生年月日:1984年6月6日、34歳
出  身:兵庫県神戸市出身。
身  長:163cm 体  重:55㎏(試合時)
戦  績:29戦15勝(8KO)13敗1分
REBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者

炎出丸(クロスポイント吉祥寺)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/27

聞き手・撮影 茂田浩司

クロスポイント最古参、「吉祥寺の闘将」炎出丸(ひでまる)。
プロ14年目の覚醒と、強い思い。
「いずれ、KING強介を負かしたい」

 日菜太、不可思、T-98(たくや)、小笠原瑛作ら、トップキックボクサーを次々と輩出するクロスポイント吉祥寺。この最強軍団の最古参にして、プロ選手たちのまとめ役を務めるのが炎出丸だ。
 プロ14年目の35歳。キャリアは終盤に差し掛かっているが、今も「強さ」を追い求めて、日々、試行錯誤している。
 REBELS.57(8月3日、後楽園ホール)では韓国王者パク・チャンヨンと激突。今回でプロ60戦目という節目を迎えた炎出丸に現在の思い、キックボクサーとして見据える「ゴール」を聞いた。






何もない状態だったクロスポイント吉祥寺。
現在は充実した環境でトレーニングに打ち込む



 今年4月、大幅なリニューアル工事を経て、クロスポイント吉祥寺の2階は「トレーニングキャンプ吉祥寺」に生まれ変わった。
 日本では珍しい自走式のトレッドミル=スキルミルを導入し、ウェイトトレーニング、ファンクショナルトレーニング、ケトルベル、パワーMAXなど、あらゆるトレーニング設備を兼ね備えており、炎出丸もここでトレーニングに汗を流す。

「すごく充実してますし、トレーニングの中身が本当に変わりました。昔は『必ず走らなきゃいけない』って先入観がありすぎて、毎日ロードワークをしてましたけど。ただダラダラ走っていてもキックはそういう競技じゃないですからね(苦笑)。『何のために走るのか』を考えて、今はただのロードワークは辞めました。キックボクシングという競技に必要なダッシュをしたり、ここ、トレーニングキャンプ吉祥寺でスキルミルやパワーMAXを使って、短時間で効果的なトレーニングをしてます。すごくきついし、パワーMAXは毎回吐き気がすごくて大変ですけどね(苦笑)」

 炎出丸は20歳でキックボクシングを始めた。ワイルドシーサー沖縄に所属し、2005年4月、22歳でMAキックの新人王トーナメントでプロデビュー。この時の対戦相手は山木ジムの原島佑治。この名前を聞いてピンと来た人は「REBELS通」と言えるだろう。REBELS.57の第一試合に出場する、テッサイジムの「原島モルモット佑治」である。

「今も、顔を合わせると『あ!』と思いますよ(笑)」

 現・原島モルモットとは本戦ドローも延長で勝利。続くトーナメント2回戦も勝利したが、準決勝の相手を見て、炎出丸は「勝てない」と思った。

「背が高くて、キャリアもあって『このままだと勝てない。東京に出て、本気でキックをやろう』と思いました。それで2005年9月に東京に出てきて、クロスポイント吉祥寺に入ったんです」

 クロスポイント吉祥寺は2001年3月にオープン。まだ現在のような設備は整っていなかったが、プロ育成に力を入れているジムだった。

「最初の頃は他でアルバイトもしてたんですけど、その頃から山口代表は『プロ選手はみんなインストラクターとして一般会員さんを教えながら、試合のファイトマネーだけで食える形に』と言っていて、そういう形を作っていったんです。俺も、月イチぐらいでバンバン試合を組んで貰ったんで、20代の半ばにはキックだけで食えるようになっていました。
 山口代表によく言われてたのは『一般会員さんを増やせば、インストラクターの仕事も増える。他でアルバイトするよりも移動時間がないし、練習が終わったらそのまま指導に入れる。会員さんが増えたら練習環境にもっと投資できるから』と。そういう話を聞いて『自分の環境は、自分で作らないといけない』という意識にもなりましたね」

 現在、REBELSのスポンサーをしている株式会社エム・ティ・エムは、炎出丸が偶然、社長と知り合ったのが縁となった。

「ロードワークをしてたら、犬の散歩に来てたエム・ティ・エムの社長さんに井の頭公園で声を掛けられたんです(笑)。そのことがきっかけで会場に来てくれて、会社ぐるみでREBELSを応援してくれるようになったんです。今では厳しいことも言ってくれる、ちょっと上の兄貴みたいな存在です。
 人と人がつながったり、紹介して貰ったりして、いろんな人に応援して貰うようになりました。プロ選手なら『キック1本で食いたい』と思うし、それは間違っていないと思いますけど、外に出て、会員さんと触れ合ったり、社長さんと話したりすることも大事じゃないかって思います。大変でしたけど、社会人としてもいい勉強になりましたし」

 クロスポイント吉祥寺の会員数は年々増加し、それに伴い、練習環境もどんどん良くなっていった。
 タイ人トレーナーが常駐するようになり、ジム全体でフィジカルトレーニングに取り組むのも早かった。

 山口代表は言う。
「炎出丸、T-98(タクヤ)、小笠原瑛作らプロ選手にはかなり早い段階からフィジカルトレーナーを付けて、パーソナルトレーニングをやらせていました。トレーニング設備がないので外のジムに行かせましたけど『これをジム内でやらせたい』と思って、それが実現したのがトレーニングキャンプ吉祥寺なんです。
 高い技術を持つプロ選手が、インストラクターとして一般会員さんに丁寧に、分かりやすくテクニックを教えたり、体力増進のためのトレーニングを教えて、それが評判になって会員さんが増えて、利益は練習環境に投資する。環境が良くなればプロ選手は試合で結果を出せるようになって『クロスポイント吉祥寺』『REBELS』の評判が上がり、また会員さんを呼び込める、という良い循環が作れるんです。
 トレーニングキャンプ吉祥寺はそうしてやってきたことの一つの集大成ですけど、僕の理想とする環境はもっと先にあります。これからもどんどん練習環境に投資して、選手を強くしていきますよ」

 炎出丸自身、練習環境が整い、強いプロ選手たちと日々、切磋琢磨して力を付け、2011年にはJ-NETWORKスーパーバンタム級暫定王座を、2013年にJ-NETWORKスーパーバンタム級王座を獲得する。

「今のクロスポイント吉祥寺は(小笠原)瑛作も、潘(隆成)も、T-98(たくや)も、プロ選手はみんなよく練習するんで、下の若い子たちはその背中を見れるから大丈夫かな、と思います。ただ、今の環境は当たり前じゃない、ということが分かってるヤツは少ないかもしれないですね。
 俺は、まだクロスポイント吉祥寺に何もないところから始めてるから、今でも『どうやったらもっと強くなれるか?』を自分で考えて、いろんなことを試してます。それがあったから今があると思うんで。若い選手には『とにかく量をやっておけよ』とか、気づいたことは言うようにしてます。けど『恵まれた環境が当たり前になってて、自分で考えなくなってるのかな?』と思う時もありますね」






KING強介のハングリーさを見て
「アイツを負かしたい、と思った」



 炎出丸は5年前から「能力トレーニング」に励んでいる。ボクシングの村田諒太で有名になった「ビジョントレーニング」を始め、様々な方法で脳を刺激し、活性化させるトレーニングである。

「目から情報を取り込むスピードを速くしたり、脳でその情報を処理する速度を上げたり。速読とか、いろいろなことをやって、僕はプロスポーツコースに通ってるんですけど、テニスとか競艇の選手がいてやっぱ凄いですし。その時間にいけなくて、別の時間に行くと子供とか普通の主婦のおばさんに能力テストで負けたり(苦笑)。それでムカついて、家でもやるようになりました。
 集中力はかなり上がりましたし、指導する時も役立っていますよ。ジムに人が多くなっても、色々と回せるようになってきて。
 アメリカでは学校でやってると聞くし、これから当たり前になっていくんじゃないですか」

 能力トレーニングの成果は、試合にも現れている。
 昨年11月のREBELS.53で、炎出丸は当時4連続KO勝利中で絶好調だった国崇(ISKA&WKAムエタイ世界フェザー級王者)と対戦。前半は国崇のローキックで左足の太ももが紫色に変色するまで攻め込まれたものの、コツコツと削り、後半は圧倒。結果、炎出丸が判定で勝利した。

「すげえ蹴られたのは覚えてるんですけど『痛い』と意識した瞬間、集中力が散漫になると思って『ダメだ、国崇さんに意識を集中しよう』って、足の痛みは意識しないようにしたんです。
 あの試合はすごく集中できて、最初は国崇選手の得意なヒジと飛び膝蹴りに気をつけてたんですけど、途中で『絶対に貰わないな』と思いました。
 試合が終わって、判定で勝って、ホッとした瞬間に足に痛みを感じて歩けなくなってしまったんですけど(苦笑)。それまではまったく『痛み』を感じないぐらい、国崇選手だけに集中していたんです」

 ただ、この「集中力」のコントロールは極めて難しく、今年2月のREBELS.54でのKING強介戦では上手く集中できなかった。

「梅野選手のタイトルマッチ(ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦)で後楽園ホールが超満員になったのを見て『これは俺が一肌脱いで盛り上げてなきゃ』って(苦笑)。対戦相手に集中しなきゃいけないのに、余計な情報に気を取られてしまって、それが出来ていなかったんです」

 炎出丸は、強打を誇るKING強介と正面から打ち合い、ダウンを喫した。終盤は追い上げたものの、判定負けを喫した。
 この1戦で会場は盛り上がり、炎出丸には満足感もあったという。

「年齢のこともあって『どこで自分はやり切れるか?』とか色々と考えていた時で、KING強介と打ち合って、ダウンは取られて負けましたけど、どこかで『やり切った感』もあったんです。でも、周りの近い人たちの反応は悲しんでて。『やっぱ勝つところが見たいんだな』って」

 さらに、炎出丸を刺激したのはその後のKING強介の戦いぶりだった。「西からREBELSを荒らしにきた」と宣言したKING強介は「門番」炎出丸を退けると、今年4月のREBELS.55ではREBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者KOUMAに挑戦。
 強打を誇るファイター同士、壮絶な打ち合いが予想されたが、KING強介はKOUMAの強打をかわし、狙いすましたカウンター一撃。これでKOUMAをKOし、REBELSのチャンピオンベルトを奪い取った。

「強介は本当にハングリーで、KOUMAにも冷静に勝ちに行ったじゃないですか。あれを見て『アイツを負かしたい!』っていう気持ちが純粋にわきあがってきたんです。俺は1戦1戦勝ち抜いて、KING強介と再戦したい。目標が明確になりましたね」

 炎出丸は今「充実しています」という。

「人のアドバイスを聞きながら、色々と考えて試してます。クロスポイント吉祥寺では不可思と話すことが多いですね。アイツは感性が鋭いんで。だからセコンドも頼んでいます。
 2年前から食事を改善してます。それまでちょこちょこ怪我したり、ニンニク注射とか整体とかもよく行ってたんですけど、体の回復が早くなって全然行かなくなりましたし、風邪をまったく引かなくなったんです。フィジカルトレーニングで、少しずつ『どう作っていけばいいか』も分かってきて、今、すごく充実してます。
 能力トレーニングで集中力が上がっていることも実感してますけど、ここはまだ波があるんです(苦笑)。試合結果を見ても、宮元(啓介)戦、国崇戦はゾーンに入ったんですけど、KOUMA戦とKING強介戦は入らなくてダメでした。集中力のスイッチを探してて『こうしたら入りやすい』とかまだ色々と模索してます。本当に脳力、頭の方は限りないんで。
 今、俺は『KING強介に勝って、現役を終わること』を考えています。でも、その時に自分の感覚、感性が上がっていたら『もう1個上を』と思うかもしれないし。もっと若ければ、もっと色々なことを考えているかもしれないですけど。
 今の練習環境は本当にありがたいです。今度のパク・チャンヨン戦でもしっかり集中して、結果を出して、KING強介と再戦できるところまで上がっていきたいです。ぜひ会場に来て、応援をよろしくお願いします」

プロフィール
炎出丸(ひでまる 本名:大城秀幸)
所  属:クロスポイント吉祥寺
生年月日:1982年10月4日生まれ、35歳
出  身:沖縄県中頭郡
身  長:167cm
戦  績:59戦28勝(5KO)23敗8分
元J-NETWORKスーパーバンタム級王者

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