龍聖(りゅうせい)&HIROYA代表代行インタビュー

インタビュー

公開日:2019/8/5

取材・撮影 茂田浩司

TRY HARD GYMが送り込む「秘密兵器」は、18歳の高校3年生、龍聖。
「レベルが普通に違うと思うし、1発で終わらせたい」(龍聖)
「練習での動きが出来たら、間違いないと思う」(HIROYA)

 TRY HARD GYMがREBELSに初参戦。
HIROYA代表代行が自信を持って送り込むのは18歳の高校3年生、龍聖である。
まだプロ2戦目ながら、7月13日の大会1か月前会見では「倒したい相手がいる。
ポエマーです」と同じフェザー級の栗秋祥梧(クロスポイント吉祥寺)を挑発する度胸を見せた。
龍聖とは一体、どんな選手なのか。そして、REBELSに旋風を巻き起こすのか。






HIROYAと大雅の影響でプロ志望に
「スーパースターを見てて『こっちに行きたい!』」



 龍聖がキックを始めたのは小学1年生。K-1が大好きだった父親の影響だった。
龍聖「ちょうどHIROYAさんがK-1甲子園で優勝した頃にキックを本格的に始めたんです。まだTRY HARD GYMはできてなくて、近くのジムに入って。そのころ、一緒に写真を撮ったんですよ」
HIROYA「ディファ有明だったかな。大雅がアマチュアか何かに出て、僕が付き添いで行ってて、小学生の龍聖と写真を撮ったんです」
 小3から3年間は、サッカーと並行してキックをやっていたが、TRY HARD GYMに移籍してからキックにのめり込んだ。
龍聖「トライハードに入門したのは、小6か中1だった気がします。子供のころは憧れた選手もいなかったけど、HIROYAさん、大雅さんたちスーパースターを近くで見てたら、こっちに行きたくなるじゃないですか(笑)」
HIROYA「小さいころから『上手いな』と思ってましたけど、こっちに来てから体が一気にデカくなって、どんどん強くなったんです」
龍聖「他のジムでは『新しく入ってきたら、最初にボコボコにして』みたいのがあると聞きますけど、トライハードはHIROYAさんもノップ(トレーナー)も『そういうのは良くない』という考えで、そういうことはないです。
 よく覚えてるのは、大雅さんに遊んで貰ってたんです。大雅さんは手を出さず、俺が一方的に打ってて、全然当たらないんですけど、やってるうちに何かを掴んだんですよ。ジュニアのころはパンチが当たらない、蹴りしか蹴れない感じだったのが、勝手にパンチも当たるようになってきて」

トライハードジムでは、元ムエタイ王者のノップトレーナーの指示のもと、HIROYA、大雅、松倉信太郎、堀尾竜司ら所属のプロ選手や、出稽古に来るプロ選手たちに揉まれて、龍聖は急速に実力を伸ばしていく。
HIROYA「龍聖は頭が良くて、吸収するのがものすごく早いです。大雅や松倉とか自分より実力が上の選手と一緒に練習してても、引かないで、いろいろと試しながらやってるんですよ。だから、自分の技術が身につくし、向上していく。あと、いい意味で『ムエタイかぶれ』じゃないけど、ノップの言うことをよく聞いて、すぐできるようになったり。去年の夏はタイに3週間合宿しに行って、もともとできなかった首相撲の基本を覚えて、帰ってきたらできるようになってたんです。今は(緑川)創さんとやっても、そんなに負けないぐらいできますよ」
龍聖「人間性も変わりました(笑)。トライハードに入る前、ジュニアでも結構試合してるんですけど、同じ階級の中では背が高かったんですけど体がすごく弱くて、首相撲でぶん投げられたり、試合前から気持ちで負けたり(苦笑)。小さいころはいじめられることもあったし。でも、今は体も強くなって、組んでも負けないし、負けん気も(笑)」
HIROYA「気の荒さはすごく大雅と似てるんですよ」




 4月のプロデビュー戦は3RKO勝利を収めたものの、持ち前の気性の激しさが試合中に出てしまった、という。
龍聖「『俺、何やってるんだろう?』みたいな感じでした(苦笑)。自分のスタイルじゃない『殺す!』みたいなことしか考えられなくなってて、いつもの自分と真逆な感じで空回りして(苦笑)」
HIROYA「試合で感情を出すことはいいんだけど、冷静にコントロールしながら出せたら最高なんだけどね。この前の龍聖は、感情的になって、大振りになって。そうなると穴も出てくるし」
龍聖「あの後、ずっとノップにいじられて(苦笑)。自分は、大雅さんみたいな元々持ってる野性的な、ババババーン、っていうタイプじゃないんですよ。HIROYAさんみたいに、しっかりと相手を見て、テクニックで戦っていくタイプなんです」
HIROYA「いくら感情的になっても、ノップがいつも言っている基本的なことさえ忘れずにやれたら間違いないよ」

 今回はヒジありルールだが、ヒジあり、なしには特にこだわりはない、という。
龍聖「昔、ノップに言われたことがあるんです。『団体が10個あって、そのうち3個がヒジなしだと、ヒジなしに絞るとその3個しか出られないでしょ。でも両方できたら、お前、どこでも出れるじゃん』って。それがすごく響いて、なんでもできる選手になりたいんですよ」
HIROYA「龍聖ならどちらもやれると思います。それで自分の方向性が見えてきて『あのベルトが欲しい』となれば、そこを目指せばいいんじゃないかな」

 龍聖の目下の課題は「学業」。今回の試合が終わると、11月までは試合をせず、学業に専念するという。
龍聖「中学の時は結構勉強ができて、学校で一番頭が良かったんですよ(笑)。でも、どっちも中途半端というか、かみ合わない時期があったりして、高校では今、ちょっとまずいっす(苦笑)」
HIROYA「勉強はした方がいいし、大学も行った方がいいってずっと言ってるんですけど(苦笑)」
――高校に入ってからは全然勉強してこなかったそうですけど、大丈夫ですか?
龍聖「多分、俺、やればできるんですよ(笑)。やったヤツはブアっと成績が上がったりしてるんで。だからやったらできるっす」
HIROYA「やりなよ(苦笑)」
龍聖「気合いっす(笑)。やらないと、熊谷家をクビになりそうなんで(苦笑)。11月まではしっかりと勉強して、12月に試合をしたいですね」




学業専念の前の今回のREBELS。納得した試合をすることが目標だ。
龍聖「1発で終わらせたいです。自分が普通にやれば、相手になんないと思うんで。レベルは普通に違うと思うし、しっかりと見て、穴が見えたらバーン、と1発で倒したいです」
HIROYA「龍聖は技術的に上手いんですけど、倒しに行くときは上手さをパワーに替えられるんです。そういう強さ、倒す力を持ってるので、僕も楽しみです」

 ちなみに、REBELS恒例の大会1か月前会見で、龍聖は「ポエマーを倒したい」と栗秋祥梧を挑発したが、ちゃんと事前にHIROYAに許可を取ったという。
龍聖「いきなり俺が煽って、HIROYAさんに『ジムをクビだ!』と言われたら困るので(笑)。ちゃんと確認しました」
HIROYA「注目を集めることは大事だと思うし、煽るのもいいんですけど、ちゃんと節度を持ってやらないとダメ、ということは言ってます。そうしないと、格闘技自体が『程度が低い』と思われたり、親が『子供に格闘技はやらせたくない』ってなると思うし。それでジムや格闘家自体が否定されるようなことになったら、意味がないと思うんです」
龍聖「上品に、頭のいい感じでやりたいです(笑)。ポエマーは注目度が高いじゃないですか。試合数がすごい多いことだけは認めますけど、テクニックなら負けないと思うし、食ったら美味しいじゃないですか(笑)。注目されたいんで(笑)。
 自分は結構器用で、スムーズにできるタイプだと思うんですけど、すごい飽き性なんですよ。何やってもすぐ飽きちゃうんですけど、キックだけはずっと楽しくて続いてるんです。キックはまだできないこともあるし『ノップの言ってることをもっとできるようになりたい』とか。そういうのがずっとあって、今は本当に楽しいです。
 大学に行きながら、選手としてはこの先もずっとやっていって、どこまで行けるかは分からないんですけど、行けるところまで行きたいです」
 「TRY HARDの秘密兵器」龍聖は、REBELS初参戦でいったいどんなインパクトを残せるのか。8月10日は第一試合から目が離せない!!

プロフィール
龍聖(本名、熊谷龍聖)
所  属:TRY HARD GYM
生年月日:2001年4月11日生まれ、18歳
出  身:神奈川県相模原市
身  長:172cm
体  重:61kg(通常時)。
2019年4月プロデビュー。1戦1勝(1KO)

工藤“red”玲央インタビュー

インタビュー

公開日:2019/7/25

取材・撮影 茂田浩司

「ファイヤー原田の魂」プラス「TEPPENイズム」!
「早くベルトを獲って『26歳でデビューしても、
チャンピオンになれるんだぞ』と胸を張りたい。
倒して勝って、ベルト獲りをアピールする」

 「打ち合って盛り上がる試合を見せる」と言いつつも、リスク覚悟で「有言実行」できる選手はそう多くはない。
工藤“red”玲央は、どんな相手にも正面から打ち合いを仕掛け、「外れのない試合」を見せられる稀な選手の一人。
その理由は、彼のミドルネーム「red」にある。
「ファイヤー原田の『ファイヤー』からです。
“ファイヤー玲央”はしっくりこなくて、ファイヤーを“red”に変えて真ん中に入れてみたんです」








左から那須川会長、工藤、トレーナーのジョー・テッペンジム(栗秋祥梧と対戦する元ランカー)。


那須川会長のコメント
「工藤は最近本当に強くなってる。やるべきことはちゃんとやる選手だから期待してるよ。ジョーは強いよ! まだ若いし動ける。相手(栗秋)はチャラチャラして嫌いなタイプなんだよ(苦笑)。ジョーならまったく問題ない」

ジョー・テッペンジム(栗秋祥梧と対戦。元ルンピニー9位)
「相手のビデオを見たよ。フックが上手いね。でも僕にフックを打ってきたら思い切りハイキックを合わせて倒すよ(笑)。まったく問題ない」
――試合勘は?
「タイでは多分、300試合はしてると思う。最後にタイで試合したのは今年1月。テッペンジムに来たのは今年3月で、4か月になるけど、スタミナは日本に来てから上がったよ(笑)。テンシン(天心)はNO.1だから、ミットを持っているだけで力が付くし、自分もかなり動くからスタミナが付いた。だからマイペンライ(笑)」

ミット購入をめぐって大喧嘩&ジムをボイコット!
ファイヤー原田会長との「熱くて濃い」師弟関係



 工藤“red”玲央は、今、働きながら練習に打ち込める、格闘家として恵まれた環境で生活している。
「仕事はサラリーマンです。株式会社クラフティというOA機器&映像・音響機器のレンタル・リースの会社とアスリート契約をしていて、給料を貰いながら、月曜日から金曜日は朝9時から昼12時まで会社の総務部で働いて、午後はTEPPENGYMのプロ練やフィジカルトレーニングをしています。
 前は肉屋で働いてて、包丁で腕の動脈を切ったこともあるし、それ以外にもちょこちょこ怪我してて。『今日も怪我しちゃいました』と話していたら『ウチで働きなよ』とクラフティの風間社長に言っていただいて。社長は、以前、ファイヤー高田馬場ジムの会員さんだったんですけど、格闘技のスポンサーはやったことがないんです。僕は、正直、めちゃめちゃ強くて試合も勝ちまくってる選手じゃないのに、心で動いてくれているんです。めちゃめちゃお世話になっているので、結果を出してベルトを見せたいんです」

 工藤がキックを始めたのは18歳。先輩に誘われて、地元の松戸にあるキックジムに入門したが、そんなに熱心でもなければ、真面目な練習生でもなかった。
「最初に入った高校は1年で辞めてます。超ヤンキーってわけじゃなかったんですけど、タバコを吸ってるのがバレたり、いたずらが好きなんで(笑)。すごく厳しい学校で4回停学になって(苦笑)。
 それで、通信に行きながら職人をやってる時、地元のキックのジムに入門したんです。正直、一番期待されてたんですけど、20歳の頃に『地下格闘技』が流行り始めたら乗ってしまって。ジムに内緒で出場してバレて怒られたこともありました(苦笑)」

 転機は22歳。テレビでK-1に出場した「ファイヤー原田」を見たことだ。不器用ながらも、打ち合い上等の熱い全力ファイトを繰り広げる男の姿に、工藤は感じるものがあった。
「僕は行動が早いんで(笑)、テレビで見てすぐジム(ファイヤー高田馬場ジム)に行ったんです。最初『プロは受け付けない』といわれたんですけど『いやいや、あなたもプロじゃないですか』って。最初は週2会員からでした」

 松戸時代からアマチュア大会に出ていたが、ファイヤージムに入門するとファイヤー会長から「アマチュア大会から出ろ」と命じられて、工藤は素直に従った。
「ファイヤーさんに『ジムを替わったんだから、最初から出ろ』と言われて、J-NETのBリーグから出ました。正直、早くプロでやりたかったですけど、J-NETのアマチュアの試合に15試合くらい出て、負けたこともあるんです。だから、僕はまだプロのレベルじゃなかったし、よかったと思います」

 2013年12月、26歳でプロデビュー。その後、工藤は地元の松戸から高田馬場に転居した。
「ずっと職人として働いてたんですけど、ファイヤーさんに『高田馬場に来い』と言われて、職人の仕事を捨て、自分の車も捨てて、高田馬場で一人暮らししながらジムで指導員をしたり、アルバイトをしながらプロで試合する生活を始めたんです。松戸だと駐車場代5000円とかですけど(笑)、都内は駐車場代も高いし、バイト生活では無理だったんで」

 2017年10月まで、工藤はファイヤー高田馬場ジムで過ごした。
 ファイヤー会長との師弟関係は「熱い」ものだった。
「よく言い合いもしました。それはジムを良くしたいからなんです。たとえば、ミットがボロボロになると会員さんは僕に言ってくるんですよ。会長には言いにくいし、プロ選手は僕ひとりなんで『玲央君、ミットが臭わない? ボロボロだけど』って。
 それで、僕は会長に『会員さんからそういう声も出てるんで、新しいものに替えましょう』と言ったらキレ出すんです。『新品を買うには金がかかるんだよ! 偉そうに言うな!』って。僕は、サンドバッグとかなら高額だから分かるけど、ボロボロのミットも替えられないって何のためにジムやってんだって。言い合いになって『いいよ、こんなとこにもう来ねえよ!』って本当に3日間ジムに行かなくて。電話が掛かってきてジムに行くと、ミットは新品に替わってたんですよ(笑)」

 何度ぶつかっても、工藤はファイヤー会長が好きだった。
「教えるのって、自分の持ってるものしか教えられないんです。ファイヤーさんには教われるものは全部教わりました。これを言うとファイヤーさんは怒るかもしれないけど(笑)技術的なものよりも気持ちの部分ですね。
 『チケットを買って見に来てくれる人を大事にしろ』ってずっと言われてて、僕は今でも試合終わると、チケットを買ってくれた人全員に試合翌日から2日間掛けて『ありがとうございました』って連絡します。そういうことがスポンサードして貰うことにつながったのかな、と思うし、正直、今の子は昔に比べたらそういうことをしないですよね。
 ただ、あの人は営業が出来ないんですよ(笑)。試合になると80人ぐらい呼んでたんですけど『行くよ』『お願いします』なんです。
 僕は人なつっこくて(笑)『お願いします。いい試合するんで』ってお願いして、チケットをMAXで150枚とか売りました。ファイヤーさんには『現役の時に知っておけばよかった。勉強になった。見習いたいよ』って言われました(笑)」

 2017年、ファイヤー氏は会長職を辞め、ジムの名称も変わった。それを機に、工藤はTEPPENGYMに円満移籍。ただ、ファイヤー氏との関係は今も続いている。
「たまに連絡を取ってます。ファイヤーさんが志村三丁目に『ネオファイヤージム』を作る時に手伝って、オープンしてからも行ったりしています。ジムは会員さんも増えてて、調子いいみたいですよ」






TEPPEN GYMに移籍して進化。
「天心は年下だけど憧れだし、毎日刺激を受けてます。
誰が相手でも倒して勝って、ベルト獲りをアピールするだけなんで」



 工藤とTEPPEN GYMの関係は古い。現在のようなジムが出来る前の、松戸の体育館を借りて練習していた頃からである。
「天心がプロデビューした頃(2014年)に『地元で格闘サークルをやってる』と聞いて『俺、地元なのに知らねえよ』ってなって。試合会場で(那須川)会長に会って『地元なんで、練習したいのでお願いできますか』って」
 練習日と場所を聞き、住んでいた高田馬場から地元の松戸市へ。体育館に行くとTEAM TEPPENのメンバーがいた。
「15、16人いて、ジュニアの選手たちの中に稲石(竜弥)がいたんです(笑)。稲石とは付き合いが長くて、仲いいんですよ。
 始めは子供たちも『何、この人?』って感じだけど『関係ねえ』と思って。マススパーをやったら(寺山)日葵にボコボコにされて、天心には何も出来なかったです(苦笑)。『テクニックがちげえ。何、このサークル?』って思って、それから出稽古に行くようになったんです」
 TEPPENでの出稽古で学んだことを、ファイヤージムに取り入れたこともあった。
「ファイヤージムでクラスを持って指導してたんですけど、TEPPENでやったことを取り入れたらファイヤーさんが気にくわなそうな目でにらんでたんですよ(苦笑)。ずっとやってたら定着しましたけど」

 TEPPEN GYMが松戸市小金原に常設のジムをオープンしたのが2016年11月。天心の活躍が全国に知れ渡るにつれて会員が急増し、2018年2月には現在の新松戸駅近くに移転し、タイ人トレーナーが常駐する充実した環境となった。
 工藤は2017年10月にファイヤージムからTEPPENGYMに移籍。体育館時代、小金原時代、現在の新松戸と、TEPPEN GYMの変遷を知る一人である。
「『(小金原に)小さなジムを出す』という話は聞いてましたし、オープンの初日からいました。所属になってからは目の前のたこ焼き屋のおっちゃんと仲良くなって、みんなに広めてあげたり(笑)。
 TEPPENで練習するようになって『視野』が広がりましたね。それまでは攻撃を貰っても我慢して打ち返す、昔のスタイルだったのを、ちょっとずつ貰わないようにして、自分の距離で戦えるように変えていって。まだ完成じゃないですけどね。それが出来てれば今頃はチャンピオンになってるんで(苦笑)」

 TEPPEN GYMには、那須川天心を筆頭に、ベテランからジュニアまで「世界のトップ」を見据えて連日切磋琢磨している。その環境が工藤のやる気を一層刺激する。
「やっぱ毎日『いいもの』を隣で見れるんで、勉強になるんですよ。僕、TEPPENで週2回指導もしているんですけど、小さい頃からキックをやってきた高校生の動きから『こういうテクニックもあるな』と見て覚えたり。プロが僕ひとりだったファイヤージムではなかったことですね」

 そして、何よりもキック界のトップランナー、那須川天心が隣にいることが工藤の意識を大きく変えた。
「そばに天心がいると、刺激になるし、勉強になるし、尊敬もしてます。年齢は違うし、年下に憧れるなんてなかったっすけど、憧れですね。ああいうスタイルになりたいわけじゃないけど『もっと強くなりたい』って思いますよ。
 天心は、練習に対する姿勢も違います。たまに僕が練習にぬるくなると、すかさず天心に注意されるんですよ。『全然気持ちが入ってないから、そんなんじゃ勝てないですよ!』って」

 REBELSでの過去2戦、工藤は激しい打ち合いで会場を湧かせた。特に、今年2月「パンクラス・レベルス・リング1」でのJIRO(創心會)戦は、昼の部の盛り上がりに火を付ける好勝負を展開して、存在感を発揮。だが、その代償として怪我を負い、医師からは「しばらく練習は休んだ方がいい」と告げられた。
「それで、仕事が終わって家にいたら天心から連絡が来て『もう練習した方がいいっすよ。怪我したところは使えなくても違うことが出来るじゃないっすか』ってガーっと言われて(苦笑)。そうだな、と思って練習を再開して、やれることをやってきました。言われなくなったら終わりなんで」

 今回は半年ぶりの復帰戦だが、ブランクの期間も(天心の叱咤激励もあって)練習は怠っておらず、工藤は自信を持って臨む。
「今まで出来なかった動きがあって、ずっと練習してきて3週間前に突然出来るようになってたんですよ(笑)。僕は鈍感なんで、自分では分からなかったんですけど、会長に『最近いいね』と言われて、天心にも『最近動きいいですね。前と全然違いますよ』って。それで初めて『変わってきたんだな』って気づいて、自分でもしっくりと来るんです。
 『REBELS.62』の記者会見(7月13日)で『REBELSでの前回、前々回の試合よりもかなりレベルが上がってて、かなり強くなってる』と言ったのはそういうことです」

 工藤には、明確な目標がある。
「ベルトが欲しいです。ベルトを巻いたら『ちゃんと言ったことを守ったぞ』って、みんなに胸を張れるじゃないですか。
 昔、職人として現場仕事をしながら『俺はプロになる』ってずっと言ってたんですよ。でも親に『あんたはプロになんかなれない』って言われて、それで喧嘩になったりしてたんです。同じ年齢の子たちは結婚したり、正社員になってボーナスを貰ってるのに『あんたはどうするの?』って。でも26歳でプロになった時『それはすごい』っていわれて。
 途中で遊んだ時期もあったんです(苦笑)。週1だけ練習に行ったり。だから時間も掛かったけど、諦めたら終わりなんで。26歳っていうプロとしてのスタートが遅かった人間でも、頑張ったらチャンピオンになれる。そういうことを悩んでいる人にも言えると思うし、そういう気持ちを会長はサポートしてくれるんで」

 対戦相手のMr,ハガは、WMC日本バンタム級3位。今回がプロ30戦目で、キャリアでは負けているが、特に気にも留めていない、という。
「相手(Mr,ハガ)はなんか注目されてるじゃないですか(*記者会見での独特の喋りとたたずまいが話題になった)。そんなもん関係ないですよ。相手は誰でも、右でも左でもいいっす。打ち合っても打ち合わなくても自信あるし、僕はやることは決まってるんで。倒して勝って、ベルト獲りをアピールするだけなんで。ぜひ8月10日、後楽園ホールで僕が倒して勝つところを見てください」
 熱い「ファイヤー魂」と、頂点を目指して切磋琢磨するTEPPENイズムで、工藤“red”玲央は、バンタム級チャンピオンを目指して疾走する。

プロフィール
工藤“red”玲央(くどう・れっど・れお)
所  属:TEPPEN GYM
生年月日:1987年5月8日生まれ、32歳
出  身:大阪府豊中市 身 長:163cm
戦  績:2013年12月デビュー。19戦7勝(4KO)7敗5分。
J-NETWORKバンタム級4位

安本晴翔インタビュー

インタビュー

公開日:2019/6/6

取材・撮影 茂田浩司

6月9日の「REBELS.61」(後楽園ホール)で次世代のキック界を担う逸材同士の対決が実現した。
 セミファイナルのREBELS-MUAYTHAIフェザー級王座決定戦の「SILENT ASSASSIN」安本晴翔(橋本道場)対「破天荒な天才児」栗秋祥梧(クロスポイント吉祥寺)。
 安本には公開練習でぜひ多彩かつ華麗な足技を披露して貰いたかったが「今、大学が忙しくて公開練習に行けません」とのことで急遽、電話インタビュー。






 ――4月から大学生。
「駿河台大学の現代文化学部のスポーツ文化コースに通っています。保健体育の教員免許も取れるところで、月曜日から金曜日まで午前中から午後4時半までびっしりと授業があって出席が厳しくて休めないんです(苦笑)。高校は通信制だったので、授業が終わると昼寝してから練習に行けたんですけど、それが出来なくなったので寝る時間は短くなりました」

――キャンパスライフは?
「特に面白いこともなく(笑)。ただ、キックをやっていることはみんな結構知ってて『見たことがある』と言われて、ちょっとびっくりしました。SNSの友達つながりとかかもしれないですけど」

――今回は「REBELS.61」のセミファイナル。注目が集まっていますね。
「ああ、相手が栗秋選手で、女性ファンがいっぱいいるからですよね(笑)。試合を見て、僕のファンにもなってほしいです(笑)」

――栗秋選手からは公開練習で「倒し方を教えてあげる」と挑発されていました。
「はい、記事を読みました。倒されないようにします(笑)。僕は自分のスタイルで頑張ります」

――前回(REBELS.60)は通常より重い59キロ契約。しかも対戦相手の般若HASHIMOTO選手が1.7キロオーバーでリング上では68キロまで戻ってた。しかし試合でパワー負けしなかったのは、階級を上げてパワーも上がったからですか?
「階級を上げたからというか、減量が1、2キロでほとんどなかったので、その分、思い切り動けたのかな、と思います。
 普段の体重は60と61キロの間ぐらいで、今、身長は173、174cmです。またちょっと伸びました(笑)。最近、筋肉が付いてきた感じはありますね。練習では首相撲を30分はやっていますし、体の大きな人とも練習してるので。橋本道場のフィジカルトレーニングの成果ですね」

――この試合に向けて特に強化した点や「ここを見てほしい」というアピールポイントは?
「蹴りを一番見てほしいです。練習は普段通りにやってきました。特にどこを強化したとかはないです」

――今後の目標はありますか?
「えっと……、とりあえず有名にはなりたいです。REBELSのベルトを獲って、また大きな舞台に上がれるチャンスがあれば嬉しいです」



橋本道場・橋本敏彦会長

「晴翔君は『努力する天才』なんですよ。はじめた頃は覚えが悪かったけど、ずっと練習してた。小学生の頃は熱を出すと、学校を休んで1日中寝て、熱を下げてから道場に来てたよ(笑)。それぐらい練習を休まなかった。好きなんだろうね。ジュニアの頃は150戦して、ホームタウン(デシジョン)と体重が5キロも違う相手といい試合をしたけど負けて。それ以外は一度も負けていなかったよ。
 まだプロではジュニアの頃のような『いい試合』は出来ていないね。特に去年は怪我が多かった。身長がまた伸びて、筋肉も付いて、体が成長していたからね。
 栗秋君とは、お互いに倒す武器を持っている同士だから『お客さんが見たいカード』だよね。栗秋君は24歳? 同い年なら晴翔君が上だと思うけど、5歳も違うし『格上』の相手だと思ってますよ。
 簡単に言えばパンチ対蹴りで、栗秋君の左フックで倒されるかもしれないし、晴翔君がパンチに蹴りを合わせて倒しちゃうかもしれない。相手のパンチに合わせてミドルで腹を狙ったり、晴翔君のタイミングの良さは素晴らしいものがありますよ。
 勝負が終盤までいけば晴翔君だろうね。後半になればポイントは『腹とロー』ですよ。晴翔君はどちらも強いからね(ニヤリ)」(談)

プロフィール
安本晴翔(やすもと・はると)
所  属:橋本道場
生年月日:2000年5月27日(19歳)
出  身:東京都東大和市
身  長:173cm
戦  績:2016年6月デビュー。15戦12勝(4KO)1敗2分
INNOVATIONスーパーバンタム級王者

「反逆のアンダードッグ」大野貴志インタビュー

インタビュー

公開日:2019/6/3

取材・撮影 茂田浩司

「反逆のアンダードッグ」大野貴志、
自ら引き寄せたビッグチャンスに燃える
「『誰だ、お前?』って言われるだろうけど、それが面白い。
『かませ犬』が思い切り噛みついて、自分の人生変えますよ」

 「REBELS.61」(2019年6月9日(日) 東京・後楽園ホール。開場17:00、本戦開始17:15)でKING強介と対戦する大野貴志。「王者対決」の好カードが今、さらなる注目を浴びている。5月20日の「KNOCK OUT新体制発表会見」で、この試合が8月18日の「KO CLIMAX 2019」(大田区総合体育館)でおこなわれる「MTM Presents 初代KING of KNOCKOUTスーパーバンタム級王座決定トーナメント」の出場者決定戦となることが発表されたからだ。
 大野貴志は言う。「アンダードッグ(かませ犬)が思い切り噛みついて、人生変えます」






デビュー2年半で初タイトル獲得も、その後は伸び悩んだ
「いつも踏み台。俺に勝った選手はみんな上がっていった」



 格闘技を始めたのも、29歳の今もその道を歩んでいるのも、すべては格闘技が大好きな父親が強引、かつ熱心に息子の背中を押したからだ。
「7歳から空手の道場に入門したんですけど、父親に無理やり通わされました(苦笑)。中学1年の時に士道館新座ジムに入門してキックボクシングを始めたんですけど、自分の同年代だと空手かムエタイ。まだジュニアのキックはなかったですね。だから、中学の頃は練習もそこそこで(笑)、試合はまったくやってないです」
 高校は1年で中退し、父親の経営する水道設備の会社に入社。職人として働きながらキックボクシングを続けて、2009年、19歳でプロデビューを果たした。

「最初に全部、父親と契約があったんですよ。空手も最初の頃はやりたくなかったし、キックもそうだったんで『ランカーになったら辞めていい』とか『チャンピオンになったら辞めてもいい』って、どんどんハードルが上がっていって、やってるうちに自分自身でキックにハマってました(笑)」

 父親は熱心に応援してくれた。試合ともなれば、母親と連れだって観戦に来て、試合後は家で反省会が開かれた。
「試合に負けたらすげえ怒られました(苦笑)。父親なりに自分の試合を見て、自分のクセとかを研究してて、家に帰ると必ず反省会です。試合を振り返りながら『蹴りが出ねえ、パンチがこうだ』っていろいろ言われましたね」

 父親は、残された時間とエネルギーをすべて、我が子が強くなるために使うと決めていたのだ。
「父親は肺気腫を患っていたんです。昔の職人なんで、アスベストとか一杯吸って、具合が悪くなってからは経営してた会社も畳んで。自分がデビューしてからはほぼ毎試合、母親と一緒に試合を見に来ていたんですけど、初めてタイトルを獲った後に、最期は肺がんで亡くなりました」
 大野は2012年1月、MA日本バンタム級タイトルマッチに勝利して初めてベルトを獲得。プロデビューからわずか2年半でチャンピオンになり、格闘技の道に強引に導いた父は息子がベルトを巻く姿を見届けてから旅立った。

「試合前は必ず父親の仏壇に手を合わせて、それから会場に行きます。格闘技が本当に大好きだったんで、自分がタイトルを何個も獲ったり、REBELSで試合をしていることを喜んでいると思いますよ」

 その後、大野は数々のタイトルを獲得し、王座を防衛してきた。
 MA日本バンタム級王座は4度の防衛に成功し、2014年にはBigbangスーパーバンタム級王座を獲得(1度防衛)。2017年にはWMC日本スーパーバンタム級王座獲得。
 輝かしい実績を残してきた反面、大野は何度も「屈辱」を味わってきた。
「自分はタイトルを獲ることにこだわりはなくて『勝ち負け』の方が大事なんです。これまで自分が負けた相手は、自分と試合した後に売れていくんですよ(苦笑)。注目されて格闘技雑誌にインタビューが何ページも載ったり、KNOCK OUTで活躍したり、大出世していく。自分はずっと『踏み台』にされてきたんです(苦笑)。
 いつか絶対にリベンジしたいと思って、追いかけているとタイトル戦の話をいただくんで『じゃあここは頑張って獲ろう』と思って。それでタイトルを獲ってきましたけど、それを目的にしてやってきたわけじゃないです」

 小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)も、大野がリベンジのチャンスを求めて追いかけてきた一人。2016年3月9日「REBELS.41」で対戦し、3RTKO負けを喫した。小笠原は「2冠王の大野に勝利」という実績をたずさえて55キロのトップ戦線に浮上し、KNOCK OUTへ参戦。持ち前の攻撃力で55キロの中心選手に躍り出た。
 一方、大野にはKNOCK OUTに参戦するチャンスすら与えられなかった。

「KNOCK OUTの関係者にはずっと『出たいです』とアピールしてましたけど『うん、見てるよ。チェックしてるよ』とあしらわれてて(苦笑)。『俺は評価されてない。これは無理だな』とあきらめかけていたんです」

 だが、大野は思わぬ形でチャンスを掴むことになる。






試合順に不満を表明し、鬱憤を試合にぶつけた大野に「気持ちを見せてくれる」と山口代表は高評価。
「MTM Presents 初代KING of KNOCKOUTスーパーバンタム級王座決定トーナメント出場者決定戦」でKING強介と激突!
「アンダードッグが主役に噛みついて、倒します」



 今年1月、大野は「パンクラス・レベルス・リング1」の公開記者会見に出席。コメントを求められると、試合順や自分の扱いに対する不満を爆発させた。
<「この試合がメインでもいいかな、ぐらいに思ってたんですけど、それだけの評価をされてない、と分かったんで(DAYの第10試合)。テクニックとスピードで勝負して、しっかりとKOで勝って、試合内容で『REBELSのベルトを獲りにいく』と伝えます。(対戦相手の炎出丸とは)熱量が違う。上に行きたい選手は片っ端から倒して、以前負けた小笠原選手とやらせてほしい」>(記者会見でのコメント)

 ムエタイ現役王者シップムーンと戦う日菜太や「パンクラスレベルストライアウト」のぱんちゃん璃奈対川島江理沙に注目が集まる中、大野の「異議申し立て」は強烈な印象を残し、山口代表は「ああいうアピールは良かった」と高評価。試合も炎出丸相手にアグレッシブに攻めて、2RTKO勝利を収め「大野貴志」の存在をREBELSに刻みつけた。

 大野にとって、記者会見は待ちに待った「チャンス」だった。
「あんなにちゃんとした会見は初めてだったんです。自分がどういう考えを持ってるかをもっと知って貰えたらいいと思うんですけど、なかなか言う機会もないんです。普段の大会だと試合前のインタビューといってもアンケートに答える形で、自分は文章を書いて伝えるのが苦手なので(苦笑)。
 あの時は『炎出丸選手(元J-NET王者)も自分もお互いにタイトルを持ってるんだから、もっとなんかあってもいいんじゃないか?』と思ってたので、素直に言おう、と。会見が終わった後で『あ、山口さんが横にいたんだ』と気がつきました(苦笑)」

 大野にとって、1戦1戦が大事な勝負だった。昨年5月に職人の仕事を辞めて、現在に至るまで「キックボクシング1本」で生活をしているのだ。
「ずっと職人との二足の草鞋でやってきたんですけど、来年3月で30歳になるし、一度キック一本で勝負をしてみよう、と。最高の環境に自分を置いてどこまでトップ選手たちと戦えるか。もうそれしかなかったです。そこまで自分で自分のケツを叩いたらもっと上に行けるのか、自分に挑戦してみたかったんです」

 キック1本にして練習に専念したことで、試合内容にも変化が現れた。
「基本、1日2部練ですけど、ボクシングは毎日ボクシングトレーナーに教わってキックと同じぐらいパンチの練習をしてます。元々パンチが好きなんですけど、もっと磨きを掛けてきて、今、3連続でKO出来てます。炎出丸選手との試合も本当はパンチで倒したかったんですけど、ヒジ3発打って2発切れました。ずっとヒジありの試合をやってるんでヒジの練習はしてきましたけど、ヒジでのTKO勝ちは初めてで(笑)。それも、パンチの練習を積んで踏み込みが速くなったからかな、と。結果として出てきてるんで、キックに専念してみてよかったと思ってます」

 自分自身、進化している確かな手応えを感じているタイミングで、今回のチャンスが舞い込んできた。
「KING強介戦が決まる前から『6月に勝ったら8月がある』とは聞いてて。でもいろんな人が調べて『どうも8月はREBELSじゃないらしいぞ』『でも何のタイトルだろう?』と(笑)。薄々は気づいてましたけど、まさかプロデューサーが山口さんに代わって、いきなりKNOCKOUTの55キロトーナメントをやると思わなかったし、そこに自分が出れるチャンスを貰えるとは。あの発表があった後は周りからも『KNOCKOUTに出れるの? テレビに出れるの?』って、反響が全然違いますよ」

 大野は、自分がどう見られているかをよく分かっている。

「REBELSに行けば、REBELSチャンピオンのKING強介選手の応援が多いだろうし、KNOCKOUTのお客さんは『トーナメント決勝戦で江幡塁vs小笠原瑛作』を期待してるだろうし。だから、自分が出ていけば『なんだ、あいつ。知らねえよ』ってなるでしょう。全然いいです。むしろ、そう思って貰った方が美味しいんで(ニヤリ)。
 『かませ犬』だろうと、オファーを貰えたら自分の勝ちなんですよ。それでプロデューサーの考えを覆して勝ち上がったら最高じゃないですか(笑)。『絶対に勝てない』と言われてる方が気持ちも乗るんで」

 士道館新座ジムの工藤秀和会長は言う。
「大野の良さは我慢強いところです。運動能力はそんなに高くなくて、不器用で、怪我も色々としてきましたけど、それでも我慢して上を目指してやってきました。今回、チャンスはチャンスですけど『勝負』です。負けたら後がないですから、思い切り勝負に行かせます」

 大野は「倒して勝つこと」しか考えていない。
「会長にはデビュー前から『プロは倒す選手じゃないといけない。判定ばかりで勝ってるようではダメ。格闘技はスポーツじゃない』と教えられてきて、ムエタイの選手みたいな、綺麗にテクニックを見せて、ポイントを取って勝つ試合は出来ないんで。
 自分は勝つ、イコールKO。KOを逃して判定になったら負けます。そんな試合をするんで。
 KING強介選手との試合は、相手がどうこうよりいかに練習したことを冷静に出せるか。セコンドにはいつも『冷静に、行き過ぎるな』と言われるんですけど、攻撃し始めるとブアーっと行きたくなるんです(苦笑)。KING選手は魂のこもったパンチで打ち合いを仕掛けてくるだろうから、パンチで打ち合ってもいいし、実は自分はどの攻撃でも倒せる武器は持ってるんで。『倒せるチャンス』は逃がさないですし『倒せる選手だ』とアピールしたいですね」

 KING強介を倒せば、念願のKNOCKOUT参戦が決まる。「人生を変えたいです。テレビに出たいし、街中で声を掛けられたいです。一度、試合が終わった後に池袋で酔っ払いに『さっき見てたぞ!』って声を掛けられて、後楽園ホールにいた誰かの応援なんだろうけどそうじゃなくて(苦笑)。
 自分、これまでタイトルを何個か獲らせて貰って、今、引退しても『キックボクサーをやってた』と胸を張って言えるんですよ。
 ただ、みんなチャンピオンを目指して頑張ってるんですけど、チャンピオンになっても何も変わらないです。『じゃあもう1個獲ったら有名になれるの?』と思って頑張っても、タイトルを何個獲ろうが会場の外に出れば誰も知らない。それじゃ一緒なんですよね。
 ベルトの数じゃなくて、自分のキャラと戦い方のスタイルで売れていくんだな、と分かったのがKNOCKOUTです。だから、今回は自分がどんなスタイルで、トップ選手相手にどんな勝ち方が出来るのか。それを見られると思うんで『コイツ、チャンスを目の前にした時は本当にすげえな!』って思われる試合をします。
 今回は、チャンスはチャンスだけど、ここで掴めなかったら消えるだけですよ。だから、とにかく倒す。自分の底力を見せて倒して上に行く。頑張ってる後輩たちにも、チャンスを掴めばこうやってインタビューを受けたり、雑誌に載ったりして、顔も売れていくし、人生が変わるんだ、というところを見せたい。
 KING強介、江幡塁、決勝戦は小笠原瑛作でしょう。『アンダードッグ』(かませ犬)が主役に噛みついて、倒してのしあがっていくところをぜひ見に来てください」


*対戦相手、KING強介(きんぐ・きょうすけ)のコメント。
「この試合は『瞬間』で仕留めるので、絶対に見逃さないように。REBELSのチャンピオンとして、REBELSの看板を背負ってる俺の拳は重いよ! 勝って、新たな標的とやれると聞いて、ますます燃えてきた!!」

プロフィール
大野貴志(おおの・たかし)
所  属:士道館新座ジム
生年月日:1990年3月5日生まれ、29歳
出  身:埼玉県新座市
身  長:166cm
戦  績:2009年5月デビュー。38戦25勝(14KO)12敗1分。
WMC日本スーパーバンタム級王者。第17代MA日本バンタム級王者。第3代Bigbangスーパーバンタム級王者。

^