日菜太(クロスポイント吉祥寺)インタビュー
インタビュー
公開日:2018/9/14
聞き手・撮影 茂田浩司「5、6年前の『キックボクシング暗黒時代』なら、アラゾフに負けた時点で辞めたかもしれない」
「アラゾフは本物の怪物。だけど、戦ってみて『絶対にかなわない相手ではない』と確信」
日菜太は、その時々の「70キロ級世界最強選手」と拳を交えてきた。ジョルジオ・ペトロシアン、アンディ・リスティ、アンディ・サワー、アルバート・クラウス。その日菜太をしても、3月に対戦したチンギス・アラゾフは別格の強さだったという。
「怪物だ、と思いました。攻撃力が物凄くて、歴代の70kgの選手でもNO.1に近いんじゃないですか。正確ですし、右構えでも左構えでも、右でも左でもヒットすれば倒せる武器を持ってるのがヤツの強みです」
それでも、アラゾフ攻略まで「あと少し」のところに肉薄した手応えはあったという。
「やってみて分かったんですけど、アラゾフは決して打たれ強くないです。僕の奥足ローが『効いてるな』というのも分かったし、普通に左ストレートも入った。その時、アラゾフは『頭が当たった』みたいなジェスチャーをしたんです。K-1のグローブは薄いから一瞬そう思ったのかもしれないけど、それだけ衝撃を感じたんでしょうね。
だから、僕がもうちょっと我慢できれば、展開は変わったかもしれない。十分にダメージを与える前に、アイツの攻撃がもの凄いからみんな倒されちゃうんですけど(苦笑)」
最大の誤算は1ラウンド早々に喰らった前蹴りだった。
「アイツの前蹴りがすげえ特殊な軌道だったんです(苦笑)。内から外に回しながら顔を蹴ってくるんですけど、その時に足の指が目に入って、視界が消えたんですよ。その後に左ボディを効かされて、ハイキックで倒されて。ダウンを取られてるから、2ラウンド目は勝負を掛けないといけなかった」
アラゾフは今年7月、イタリア・ローマで開催された「ベラトールキックボクシング」でジョルジオ・ペトロシアンと対戦。下馬評は「アラゾフ有利」だったが、ペトロシアンはアラゾフの攻撃を上手くさばいて自分の攻撃を当て、判定勝ちを収めた。
このペトロシアンの勝利を、結果的にアシストすることになったのが日菜太だった。
「僕が喰らったアラゾフの前蹴りをペトロシアンはしっかりと避けていたんですよ。きっと僕とアラゾフの試合映像を見て『この攻撃は貰ったらダメだ』と思ったんでしょうね(苦笑)。
アラゾフの多彩な攻撃をさばき切るのは相当難しいですけど、ペトロシアンは僕の試合でかなり研究出来たはずです。生粋のサウスポーに対してアラゾフがどう攻めてくるか、僕との試合でシミュレーションして、アラゾフを攻略したんだと思いますよ。僕はペトロシアンにとてもいい材料を提供しました(苦笑)。
僕にとっては最初の前蹴りで試合のプランが崩れてしまって『力が出し切れなかった』という思いが残りましたね」
確かにアラゾフは怪物だった。だが「絶対に勝てない相手」ではなかった……。
日菜太の中で「もう1度」という思いが一層強くなった。
「新生K-1は昔のK-1と同じ、しっかりした舞台作りをしてる。露出が増えて、スポンサーも増えた」
日菜太は、格闘技界「暗黒時代」の被害者の一人である。2011年、K-1WORLDMAXは運営会社FEGの破たんにより活動を休止。日菜太は「次期エース」と目される存在まで上りつめながら突然「地上波ゴールデンタイムで全国生中継される華やかなリング」を失い、25歳から30歳という格闘家として一番いい時期に「MAXの続き」を求めて国内外のリングをさまよった。
2015年にはSNSで榊原代表に直訴してRIZIN参戦を実現。それでも飽き足らず、2016年12月には「K-1、非K-1」の壁を壊し、新生K-1参戦を実現させた。
旧K-1を知る日菜太の目に、新生K-1はどう映ったのか。
「新生K-1の中に入って分かったのは、昔のK-1のスタッフが何人か残っていて、昔と同じような舞台作りをしてることです。ホテルで計量、記者会見があって、勝った選手は同じホテルで一夜明け会見。メジャー感がありますし、ルールミーティングとか個別インタビューもタイムスケジュールが決まってて、選手が試合に集中できるようにたくさんのスタッフが動いているんです。いろんなイベントを見てきましたけど、頭一個飛び抜けてるのが新生K-1ですよ。計量オーバーした選手はホテルに戻ってから何も食べさせて貰えなかったと聞きますし、そういうルールとか規律がしっかりしているんです」
また、新生K-1参戦は日菜太に思わぬメリットをもたらした。
それまで日菜太は自分が出場する試合のチケットを手売りすることで「キック一本」の生活を実現してきた。
「僕は『チケットを買ってくれる人』のおかげで、キックボクシングだけで生活してきたんです。だから、選手が自分でチケットを売ることを悪いことと思ってないです。逆に、チケットを売ってこなかったら、こんなにスポンサーは付かなかったし、営業も出来なかったと思うんですよ。いきなり飛び込みで行ってスポンサーになってくれる人や会社はほぼないです。だけど、チケットを買って貰って試合を見て貰うと、向こうから『幾らから広告を入れられるの?』って言ってくれるんです。
一昨年12月に新生K-1参戦を発表したら、すごい反響がありました。営業してもチケットを買ってくれなかった人が、K-1だと向こうから連絡が来たり。地上波中継とAbemaTVの中継で露出が増えて、スポンサーも増えました。『人に知って貰えて、自分の価値が上がった』という実感はありますね。営業する時『テレビ東京の深夜に僕の試合が流れます』とか『試合はAbemaで生中継してて広告が映ります』っていうと反応も違う。どこに行ってもメリットデメリットはあるんですけど、新生K-1で露出が増えたメリットは大きかったです」
今、キックボクシング界は活況を呈している。
新生K-1、KNOCK OUT、RIZIN、ONEとキックボクシング参入が相次ぐ中、REBELSはPANCRASEとのグループ化を発表。来年2月17日に「PANCRASE REBELS RING(仮称)」として地上波ゴールデンタイム生中継を実現させた。
こうした流れも、日菜太の現役続行を後押しした。
「今、キックボクシングはいい状況に上がってきてます。5、6年前の一番ヤバい時期に比べたら(苦笑)本当に全然違いますよね。
僕にしても、もしあのビッグマッチでの負けが5、6年前の盛り下がってる時期だったら『もうキックは辞めようか』ってなったかもしれない。こんな辛い思いをして戦って、メディア露出も何にもなくて人に全然知られないなら、モチベーションが続かなかったです(苦笑)」
クロスポント吉祥寺の若手からは「勝ちに行く気持ち」が感じられない
アラゾフに負けた後、日菜太は欠かさずREBELSの会場に足を運び、休憩時間は「パンフレット購入者限定サイン会」に参加してパンフレットにサインを書きつつ、前座からメインイベントまで全ての試合を観戦した。
日菜太の目に「日菜太のいないREBELS」はどう映ったのか。
「REBELSで目立つのは地方の選手です。ものすごく活きが良くて『食ってやろう!』って気持ちが伝わってきます。KING強介選手がそうだし、この前(8月3日のREBELS.57)はUMA(ゆうま)が根性出して勝負したし。
問題はクロスポント吉祥寺の若手選手たちで『元気ないな。もっと一生懸命に勝ちに行けよ!』って思いますね(苦笑)。自分たちがいい環境で試合が出来てることにもうちょっと自覚を持ってほしいですね。これだけの練習環境で、プロモーションを持ってて、なおかつ成長度合いにふさわしい相手を用意してくれるところなんて、他にはないと思うんですよ。
REBELSの山口代表は常に勝率が50:50のマッチメイクをするんです。2:8ぐらいの『これは厳しいなー』ってマッチメイクはしないんですよ。その選手の成長度合いに合った、勝ったらリターンも多いマッチメイクをしてくれるんです。
なのに、クロスポントの若手は『勝ちにいかないと!』って勝負してる感が薄いんですよ。それは背負ってるものが少ないんです」
日菜太の持論は「だから、もっと積極的にチケットを手売りして、スポンサーを獲得しろ」だ。
「実力が近ければ、応援してくれる人の数が多い方が勝つ、って僕は思います。10人見に来てる人と、100人見に来てる人なら、100人見に来てる人が勝つ。簡単に言うと、自分がピンチになった時に『大勢に応援されてる』というのが出るんだと思うんですよ。
僕は口うるさい先輩じゃないんで、アイツらには何も言わないんですけどね」
「緑川戦は厳しい試合だし、確実に面白い試合になる。これを会場で観ないで、何を観るんですか?」
REBELS.58(10月8日、東京・後楽園ホール)が近づいてきた。チケットは間もなく完売。「日菜太vs緑川創」の反響に加えて、梅野源治vs元ムエタイ王者、小笠原瑛作vsKING強介など、注目カードが目白押しだ。
「僕を応援してくれる人は『日菜太が勝つでしょ』と思ってると思います。でもそんな簡単な相手じゃないです。自分の中では厳しい相手だと思ってるんで。
面白い試合になると思うんですよ。お互いに負けられないですし、向こうもこの試合に賭けてくるし、僕もこの試合に賭けてるんで。この試合に勝てば、僕は『日本人対決卒業』でいいと思ってます。この試合にしっかりと勝って、次の目標を立てたいです」
緑川とはスパーリングで切磋琢磨してきた仲間だ。パンチ力に定評のある緑川は「仮想アラゾフ」になり、緑川の王座決定戦の前は日菜太が「長身サウスポー対策」の相手となった。
ただ、日菜太はすでに「練習仲間との試合」は経験済みだ。
「松倉(信太郎)との試合(2017年2月)がそうだったんです。アイツとはすげえスパーしてたんですけど、K-1で試合することになっちゃって(苦笑)。
でもスパーと試合は違いますよ。緊張感が違いますし、お客さんが見てるから手も抜けない。あとスパーならヘッドギアを付けてるしグローブも大きいけど、試合だと一個のミスで終わる可能性がある。そういう意味でも気が抜けないです。
松倉も、試合になったら突然サウスポーにしてきました(苦笑)。僕がローを効かせて、オーソドックスに戻してやったんですけど(笑)、やっぱり1ラウンドは五分五分の勝負だったんですよ。
彼(緑川)も、スパーしてて右も左も変えてきたんで、試合でもそうやってくる可能性はあるんですけど、だからといって自分のスタイルを変える必要はないんで。自分のやってきたことをやるしかないな、って」
どこか余裕を漂わせる日菜太だが、それでも「厳しい試合」を覚悟して臨むのはこれまでの日本人対決の経験からだという。
「新生K-1で松倉、廣野(祐)と試合して、僕は両方とも完勝だと思ったんですけど、相手も意地を見せて倒れなかった。だから、日本人対決はもつれる可能性が高いと思ってます。
メインイベントでしっかり締めたいですけど、何よりも勝ちたいです。どんな形でも公式記録に『勝ち』と残ることが大事なんで。試合結果だけしか見ない人もいるし、Yahooニュースで試合結果のマルバツだけを見て『弱くなった』とかコメントを入れる人もいるじゃないですか。『いい試合だったよ』は実際に会場で見た人しか言わないんで、勝つことにはこだわっていきたいですね」
今、日菜太には大きな目標が2つある。まず「世界のトップレベル」に勝つことだ。
「もう1回、あのレベルのヤツらとやりたいんですよね。(アラゾフ戦に)進退を賭けたんですけど、あの試合では出し切れないところがあったんで。ここで辞めたら後悔すると思って。
現役生活を終える時『もう1回やりたかった』ではなくて『やり切ったな』って思いたい。ほとんどの人がそうはなってないのも分かってるんですけど、僕はやり切って辞めたいんです」
もう一つは、K-1MAXで一時代を築いた「魔裟斗、佐藤嘉洋」も成し得なかったことへの挑戦。「30代でもう1度、ピークを作ること」だ。
「魔裟斗さんは30歳で引退、佐藤さんも30代になって負けが増えて引退しましたよね(*30代の戦績は19戦7勝11敗1分。34歳で引退)。
だけど、今はボクサーで35歳とか37歳の世界チャンピオンがいますから、魔裟斗さんと佐藤さんの次の世代の僕らが、この年代でもう一度『上がる』ことが出来たら新しい可能性じゃないですか。それを目指したいです」
日菜太がそう考えるようになったのは、クロスポント吉祥寺2階に今春オープンした「トレーニングキャンプ吉祥寺」でのフィジカルトレーニングをして得た自信が大きい。
「前はキックだけで、フィジカルは外のジムに行ってやってたのが、今はここ1か所でキックもフィジカルも出来る。それは強みだし、僕らみたいな年齢を取った選手は『もうちょっと伸びる可能性がある』と思えるんで嬉しいですよ。
ここでフィジカルをやると『まだこういう部分は全然弱いんだな』と分かるし、重さを上げるのは露骨に数字で分かるんで自分が伸びていることが分かりやすいです。
この年齢になると『セカンドキャリア』が頭をよぎったりするんです。僕も考えてる方の選手だと思うんで、それなりに試合をしながらジムの経営を始めたりしたかもしれない。
だけど、クロスポント吉祥寺とトレーニングキャンプ吉祥寺で練習していると、自分が強くなってる可能性を感じるから『もうちょっと選手に専念したらもっと強くなれる』って。他の選手を見ても、他にビジネスをやったり、自分でイベントをやるようになるとどうしても練習量が減るじゃないですか。僕はせっかく恵まれた環境があるんだから、選手に専念して、強くなって、ある程度メドがついてからセカンドキャリアを考えたい。練習時間を無駄にしたくないんで」
最後に、緑川創戦に向けて、日菜太はこう決意を述べた。
「まだ日菜太は終わってない、もう1回、世界と戦える力がある。見てる人にそう思わせたいし、そういうところを見せたいです。
それは緑川君も同じだと思うんで、この試合は面白くなりますよ。こんな面白い試合を会場に来て生で観ないで、何を観るんだ、って思いますよ(笑)」