緑川創(藤本ジム・新日本キックボクシング協会)インタビュー
インタビュー
公開日:2018/9/21
聞き手・撮影 茂田浩司「意味のある試合だから『ヒジなしルール』を受けた。
日菜太君との試合は最高のモチベーションで、しっかりと僕の強さを見せます」
「目黒スタイルの最高傑作」石井宏樹氏と「目黒の破壊王」松本哉朗氏にボコボコにされて、
緑川は「グリーンモンスター」になった。
日菜太と緑川は、同じ1986年生まれの同学年で、プロデビューも同じ2005年6月(日菜太はRISE、緑川は新日本キック)。
ただ、プロで歩んだ道のりは対照的。日菜太はデビュー4年目でK-1MAX出場を果たし、以降は国内外のビッグイベントで活躍してきた。一方、緑川は日菜太のK-1MAXデビューと同時期に新日本キック・日本ウェルター級王座を獲得。2013年まで4度の防衛に成功するなど協会内でコツコツと腕を磨いた。
緑川は、ビッグイベントで活躍する日菜太を羨ましいと思ったことはない、という。
「藤本ジムの先輩、石井宏樹さんが初めてムエタイ王座に挑戦した試合(2005年8月、対ジャルンチャイ。判定負けでラジャ王座奪取ならず)を見てから、僕はずっと『タイのベルトが獲りたい』と思ってヒジありの世界でやってきましたから、K-1に出てる日菜太君を見て『羨ましい』と思ったことはないですね」
特に影響を受けた藤本ジムの先輩として、緑川は二人の名前を挙げた。
一人は「ムエタイ王座」を最大の目標とするきっかけを作った石井宏樹氏。もう一人は松本哉朗氏である。
石井氏は2011年に史上5人目の外国人ムエタイ王者となり、翌年に外国人王者として史上初の王座防衛に成功した「目黒スタイルの最高傑作」(2014年引退)。「目黒の破壊王」松本氏は超攻撃的スタイルでミドル級、ヘビー級の2階級制覇を果たした(2015年引退)。
石井氏の抜群のスピードとテクニック、松本氏の怒涛の攻撃力をスパーリングで体感しながら、緑川は実力を付けていった。
「石井さんにはずっとスパーリングパートナーをやらせて貰って、色々と教わりました。松本さんは、年齢は一回り違いますけど中学が同じで、とても可愛がって貰った、というか、手加減なしでボコボコにされました(苦笑)。
ローを効かされまくって、帰る時はいつも足を引きずってましたし、左の側頭部が腫れ上がった時もありました。正面から見ると、明らかに左側だけボコっと出てるんですよ。松本さんには『お前だけは倒れなかったな』って褒められましたけど(苦笑)。松本さんがヘビー級に上げてからはさすがに『勘弁してください』ってスパーは断って、マスしかしなかったです」
石井氏と松本氏に鍛えられて、緑川は入門半年後にプロデビューを果たす。
「僕はアマチュア経験がないんです。入門して半年後にアマチュアに出る予定だったのが、プロの大会に出場予定の選手が松本さんに眼窩底を折られて出られなくなって『緑川、出ろ!』と(苦笑)。それでプロデビュー戦で勝ったら、飛行機代を渡されて『タイに行って練習してこい』ってゲオサムリットジムで4週間練習しました。キックを始めてからの1年間は色々ありすぎましたけど『やるからにはトップを獲る』って覚悟は決まりましたね」
ムエタイ王座だけを見て「ヒジありルール」にこだわってきた緑川だが、過去に1度、ヒジなしルールの試合を経験している。
2014年のアンディ・サワーとの試合だ。緑川は強打で鳴らすサワー相手に一歩も退かずに打ち合い、判定勝利を収めた。
この時、ヒジなしルールを呑んだのは理由があった。
「K-1がテレビで放送してる時は、友達や知り合いによく『K-1の○○は強いの?』と聞かれたんです(苦笑)。そういう時はメディアに名前が出ていない悔しさがありましたね。
それでサワー戦のオファーがあった時は『ヒジなしルールでもやってやろう!』と思いました。試合に勝って、僕のことを知らない人にも『K-1に出てる選手全員がレベルが高いわけじゃないよ』って分かって貰えたかな、と」
日菜太戦はキック人生2度目のヒジなしルール。
「よく『ヒジなしルールの方が向いてる』と言われるので、自分でも楽しみです」
サワー戦の後、緑川はスーパーウェルター級(70キロ)に階級を上げた。
「減量が辛くて、ウェルター級は限界だったんです。お腹は割れてないですけど(笑)、普段からメッチャ食うし、メッチャ飲むし、骨太なので全然体重が落ちないんです。
それで、サワーにも勝ったので『もういいだろう』と思って、藤本会長に『ウェルター級王座を返上させてください』と言って、協会のベルトを返上して階級をスーパーウェルター級に上げました。
ウェルター級の頃はマッチメイクに恵まれなくて、正直モチベーションが上がらない時期もありました。でも、先輩たちが同じような経験をしてるのも見てきてますし、我慢するしかない、と。だけど、階級を上げたら戦う場が広がったんです。KNOCK OUTに出たり、ラジャダムナンスタジアムでタイトルマッチも出来ました。結果は出せなかったですけど……」
今年6月27日、緑川はタイ・バンコクのラジャダムナンスタジアムで同スタジアム認定スーパーウェルター級王座決定戦に臨んだ。対戦相手のシップムーン・シットシェフブンタム(タイ)は過去に日本で対戦し、この時はドロー。緑川の王座奪取が期待されたが、1ラウンドに左ストレートでまさかのダウンを奪われ、終盤追い上げたものの判定負けで王座奪取ならず。プロ63戦目でようやく辿りついたビッグチャンスだっただけに、緑川は落胆し、そして不安に襲われた。
「僕にとって大きな分岐点でした。試合の後は『もう1回挑戦したらベルトを獲れるのか?』『このままキックを続けていけるのか?』と不安になりました。でも、最終的に『もっとやればよかった』と後悔したくないと思って、現役を続けて、もう一度、タイのベルトを目指すことにしたんです」
そんな時に届いた「10・8REBELS.58、ヒジなしルールでの日菜太戦」のオファー。緑川は迷いなく受けた。
「ずっとヒジありルールにこだわってきたので『ヒジなしルールは意味のある試合しかしない』と決めています。サワー戦がそうでしたし、日菜太君との試合のオファーを聞いた時に『とても意味のある試合だ』と思って、即決でした。
僕は『強い相手に勝って、ムエタイのベルトを巻きたい』と思っています。シップムーンも弱い選手じゃないですし、ああいう強い相手に勝ってちゃんとベルトを巻きたいです。
そのためには『緑川、強いな!』とみんなに思って貰わないといけないんです。お客さんやスポンサーさんに『緑川は次にやれば、ムエタイのベルトが獲れるんじゃないか』と思って貰うことが大事。そのためには、強い相手にしっかりと勝って、自分の強さをアピールしたい。『日菜太戦』は僕にとってチャンスです。
今、70キロの日本人選手が本当にいないんです。ヒジありで8人トーナメントをやろうとしても8人も集まらないと思うんです。だからこそ、今回の日菜太君との試合のような、注目されるワンマッチは大事にしたいです」
かといって、過剰なプレッシャーはない。「楽しみです」と緑川は笑う。
「ずっとボクシングジムに通って、ボクシングトレーナーと練習しているんですけど、いろんな人に『ボクシングに転向しろ』と言われてきました。それはそれで嬉しかったですし(笑)自信にもなりました。ただ、やっぱり競技が違いますし『まだキックでトップも取れてない』という思いがあって、ボクシングに転向しようと考えたことはないです。
タイのように、一人の選手がムエタイをやったりボクシングの試合をしたり出来る環境で『ボクシングルールの試合』が出来るなら正直、やってみたいって思います。でも日本だと(ボクシングと)厳しく分かれてるので難しいですからね。
あと、これもよく言われてきたのが『ヒジなしルールの方が合ってるんじゃないか』と(苦笑)。だから、今回の試合は本当に楽しみですし、プレッシャーよりも期待感が強いです。
でも、今年に入ってヒジの調子がいいんですよねー(笑)。シップムーンにはダウンさせられましたけど、僕がヒジで2か所切って、試合後に15針縫ってましたから(笑)。今度の試合でも『ヒジを打っちゃったらどうしようかな?』とは思いますね」
今、緑川は「とても調子がいいです」という。その理由を聞いて驚いた。プロ選手なら誰もが取り組む「フィジカルトレーニング」に、緑川は昨年からようやく取り組んでいるのだという。
「ずっと『やった方がいい』と言われていたんですけど、筋トレが大嫌いなんです(苦笑)。
変な意地もあって、野球をやってる時(成立学園野球部出身)からずっと自重トレーニングだけでしたし、松本(哉朗)さんも全く筋トレしていなかったんですよ。今は筋トレマニアになって『現役の頃もやっとけばよかった』って言ってました(笑)。
昨年、宮越(宗一郎)戦に負けて『動きが悪すぎる』と指摘されて、フィジカルトレーニングを始めたんです。それまで『動きが悪くなるのも年齢的に仕方ないかな』と思ってたんですけど、フィジカルをやり始めたら『全然違う』と実感してます。動きが前よりも良くなりましたし、パワーも上がったと思います」
日菜太戦には最高のモチベーションで臨む。
「REBELSさんのポスターを見たら、2人がメインで『ヒジなしの日菜太と、ヒジありの緑川のトップ対決』という煽り方をして貰ってるじゃないですか。モチベーションが一気に上がりましたよ(笑)。
試合は、実際にやってみないと分からないです。日菜太君とはパンチのスパーしかやってないので、これが蹴りありになると、日菜太君も戦い方が変わるだろうし、僕も変わります。全然噛み合わないかもしれないです。
だけど、お互いに意地があるし、日本人同士だから負けられないですし。二人ともいろんなものを背負ってるので、プライドとプライドがぶつかる試合になるでしょうね。
日菜太君との身長差はまったく気にしないですし、僕は試合で相手の身長を気にしたことがないんです。いつも相手の方が大きいですし、松本さんとずっとスパーリングしてきたおかげで、試合の時に『相手が大きいな』と感じたことが一度もないんですよ(笑)。
アウェーのREBELSさんに乗り込んでいくのも好きですね。敵地に乗り込んで、ガンガン食いちぎってやろうか、と。
REBELSのお客さんは、僕の試合をちゃんと見たことのない人が多いと思うんで『グリーンモンスター』がどれぐらいモンスターなのか(笑)。試合でしっかりと見せますので、ぜひ楽しみにしてください」