クロスポイント吉祥寺の名物トレーナー・ウーさんインタビュー

インタビュー

公開日:2018/10/2

聞き手・撮影 茂田浩司
タイ語通訳 八木有子

「日菜太は緑川創に100%勝つ。
エイサク(小笠原瑛作)はKING強介をKOしますよ。
パン君(潘隆成)は………、健太と五分五分かな」

 日菜太、不可思、小笠原瑛作、T-98ら、日本を代表するキックボクサーを次々と輩出するクロスポイント吉祥寺。その躍進の原動力として、選手や関係者は「ウーさんの存在」を挙げる。
 練習ではとにかく明るく盛り上げて、試合となればセコンドとして選手よりも張り切り、観客の拍手を煽り、声援には手を振って応えて、場を盛り上げるムードメーカーのウーさん。
 来日して4年、ウーさんの目にクロスポイント吉祥寺の選手たちはどう映っているのか。
 タイ語通訳、八木有子さんにクロスポイント吉祥寺まで来ていただき、ウーさんとじっくり話してみた。






ムエタイならセオリー通りに教えればいい。
日本のキックボクシングはルールの違いもあり、最初は戸惑ってしまった。



 ウーさんのプロフィールから。
 本名、ソースット・ガイウォン。1969年2月28日、タイ北部のコーンケン県出身の49歳。家族は妻、長女(大学生)、長男(19歳、まもなく来日)。

「ムエタイを始めたのは12歳です。学校で始めて、学校内のチャンピオンになった時に、先生から『ムエタイではなく、ボクシングをやってみたら?』と勧められて、17歳の時にボクシングで県の代表になりました。でも、全国大会では準決勝で先輩と試合をして負けて、銅メダルでした。金メダルを取った先輩はタイの代表として国際大会に出場することになり、私はムエタイに戻りました」

 地元コーンケンでのリングネームは「ルンスリー・ギアットバンポウ」。バンコクに出てからは「ルンスリー・サップユラコット」の名で戦っていた。

「フェザー級の選手で、ラジャダムナンスタジアムのメインイベントに出場したこともあります。しかし22歳の時にヒザを悪くしてしまった。多分、靭帯を切ったと思いますけど、その怪我で選手を諦めなければならず、トレーナーになったんです。ムエタイのチャンピオンになれなかったことを思うと、今でも悔しい気持ちになりますね」

 日本に来るきっかけは、クロスポイント吉祥寺でトレーナーをしていたターちゃん(パヤックレック・ユッタキットのリングネームで元ラジャダムナン2冠王)からの誘いだった。

「4年前、山口さん(REBELS主宰、クロスポイント吉祥寺代表)がトレーナーを探していて、友達のターちゃんから『日本でトレーナーをやらないか?』と連絡を貰いました。当時、僕はPKセンチャイジムと13(シップサム)ハランガウジムの2か所でトレーナーをしていたんですけど『1年ぐらいならいいかな』と思って、日本にやってきました。
 最初は『1年』と思って来たんですけど、山口さんがとても良くしてくださいますし、日本が気に入ってしまって、気づいたら4年もいます(笑)」

 日本語も堪能なターちゃんとは違い、ウーさんは初来日で、まったく日本語は理解できない。クロスポイント吉祥寺に来た当初は慣れない環境に困惑していた。

 当時を知る小笠原瑛作と潘隆成はこう証言する。

小笠原瑛作「ジムに来たらガチガチに緊張してて、ミットもぎこちなかったんですよ。だから『間違えてトゥクトゥクの運転手をしてる普通のおじさんを呼んじゃったんじゃないか』ってみんなで話してました(笑)」
潘隆成「みんなで簡単なタイ語を覚えて話しかけたり、こちらからなるべくウーさんとコミュニケーションを取るようにして(笑)。そうして、少しずつ馴染んでいった感じですね」

 来日当時、ウーさんが緊張していたのは、初めての日本での指導に戸惑いの連続だったからだという。

「日本で教えるのは本当に難しかったです(苦笑)。タイでムエタイを教える方が遥かに簡単なんですよ。
 ムエタイなら、パンチ、キック、ヒザ、ヒジの4つを使い、ミットも決まったパターン通りに教えます。
 しかし、日本のキックボクシングでは『ヒジなし、掴みなし』のルールで試合をしている選手がいます。ムエタイなら近づけばヒジ、首を掴んでヒザ蹴りとセオリーが決まっていますが、日本ではルールで認められた攻撃の中で何をするか。その都度、考えなければいけません。パンチ一つでも、タイよりもいろんな使い方を考えなければいけないので大変でした」

 タイと日本の環境的な違いも、ウーさんを悩ませた。

「タイでは子供の頃から教えているので、その選手のクセがよく分かった上で教えていました。
 ですが、私はクロスポントの選手たちをよく知りません。それに、日本では大人になってからキックボクシングを始める人も多くて『すべての技が出来て当たり前』ではなく、得意な技、不得意な技を見極めて教えなければいけません。たとえば日菜太なら『どのパンチや蹴りを効果的に使えばKO出来るのか?』を考えて、彼のパンチや蹴りの重さや強弱まで考えながら教えます。最初は本当に難しくて、頭を抱えてしまいました(苦笑)」

 小笠原瑛作は言う。
「僕もそうですけど、4年前にウーさんが来てからクロスポイント吉祥寺の選手たちはみんな勝ち始めたと思うんです。僕は『キツいことは楽しくやりたい』と思う方なので(笑)、ウーさんは練習中に明るく盛り上げてくれるので、とっても合ってましたね(笑)」

 なぜ、ウーさんの指導は上手くいったのか。この点を聞くと、ウーさんからはとても謙虚な答えが返ってきた。

「一つには、教えている選手たちに恵まれました。いつも『勝ちたいなら、私の言う通りにしてください』と言っていますが、みんなが私の教えることを信じて付いてきてくれます。私の言うことを少しでも理解しようとしてくれているのが分かりますし、私も彼らの言うことを理解しようと努めています。それが上手くいったのではないかな、と思います。
 本当は、一人の選手に一人のトレーナーが付く形がいいと思いますよ。選手一人ひとり、性格も、持っている技術も全然違うので、トレーナーはその選手に合った、一人ひとりに違う教え方をしなくてはいけないと思っています。
 私は、その部分は注意深く見て、選手それぞれに『勝つためにはこうしなさい』と教えるようにしています。クロスポイントでは私の教えにみんなが付いてきてくれますが、選手とトレーナーが合うのか合わないかは、とても大事なポイントだと思います」

 意外にも(失礼)生真面目な答えを連発するウーさん。試合会場ではテンション高めだが、普段はとっても真面目な性格のようだ。
 ちょっと意地悪な質問をしてみた。

――日本で教えて「この選手は凄いぞ、驚いた!」という選手はいますか?
「ほぼ全員、同じように才能はあると思います。ただ、違いがあるとすれば『チャイスー(闘争心)』の部分です。どれだけ『勝ちたい!』と思っているか。そこはそれぞれ違いますね」
――クロスポイントで一番「チャイスー」を持ってるのは?
「4年間教えてきて、みんな上手くなっていますし、チャイスーが100%であれば、みんな勝てると思いますよ」

 なかなか個人名を挙げてくれないが、何人ものプロ選手を教えているので、それぞれのプライドに配慮してのことだろう。
 ただ「みんな才能がある」で済ませては面白くないので(またまた失礼)、しつこく「一人挙げるとすれば?」と質問を重ねるとやっとウーさんの口から個人名が挙がった。

「そうですね……、一人挙げるとすればエイサク(小笠原瑛作)です。彼は練習の時から強い気持ちで臨んでいますね。
 エイサクは、以前からとても高いレベルにあって『後は気持ちの部分だけだよ』と言い続けてきて、今、とても良い状態にありますね。
 若手の中では? ヒロキ(鈴木宙樹)がいいですね。今、とても伸びていますし、これからもっと伸びていく子です。期待していますよ」

 鈴木宙樹は21歳。9月の「KHAOS.6」で1RKO勝利し、これでプロデビュー以来6戦全勝。そのうち3度のKO勝ちがあり「倒せるスタイル」に磨きを掛けている。次戦は10月28日の「Krush.94」(後楽園ホール)。ウーさんも大いに期待している新鋭に注目したい。






日菜太は100%勝つ。エイサクはKOしますよ。
パン君は………、五分五分かな。
まだ先輩に遠慮してしまうところがある。



 REBELS.58(10月8日、後楽園ホール)まで1週間。ウーさんにクロスポイント吉祥寺から出場する日菜太、小笠原瑛作、潘隆成の試合について聞いた。

――メインイベントの日菜太対緑川創は?
「全く問題ないです。日菜太は左を蹴っていれば勝ちます。緑川がパンチを打ってきても、日菜太は背が高いので前蹴りで突き放せます。前蹴り、前蹴り、ミドルで大丈夫、100%勝ちますよ。KO勝ちが出来るかどうかは分かりません」

――小笠原瑛作対KING強介はいかがでしょう?
「エイサクがKO勝ちするでしょう。エイサクはPKセンチャイジムで練習して、気持ちも充実しています。パンチもエイサクの方が重い。強介はまったく怖くないです」
――6月の江幡塁戦では逆転のKO負けでしたね。
「ガードがしっかりとしていなくて、ガッカリしました。以前のエイサクは試合中に『KOしたい』しか考えられなくなってしまうので、ずっと『それではダメ』と教えてきました。KOするためには『間合いが大事』と教えてきて、今はとてもいいですし、ガードも良くなりました。あとはタイミングと『(相手を)ミテ(見て)、ミテ』と口を酸っぱくして教えてきました。
 これまでは攻めている時に相手にタイミングをはかられてカウンターを合わさせてしまった。でも、相手は今、どこが痛いのか? 顔? お腹? ちゃんと『ミテ』、そしてタイミングを合わせる。以前は、ガードの技術が上手くなくて、タイミングや間合いも全然出来ていなかった。今は違いますよ」

 小笠原が出場した8月のラジャダムナンスタジアム「スック・ワンソンチャイ」では、ウーさんもセコンドに付いて、小笠原の2RKO勝利を見届けた。

「とても良い試合でした。以前よりもかなりガードが改善されてしっかりしましたし、隙がないです。
 タイのプロモーターにも高い評価を受けましたし、エイサクはいずれムエタイ王者になりますよ。
 日本ではテンシン(那須川天心)の評価が高いですが、私はすぐにでもエイサクと戦わせてみたい。とても面白い試合になりますし、どちらが勝つか分からないぐらい、接戦になるでしょう。山口さんは『まだまだ』と言いますが(苦笑)。
 私から見ると、テンシンの試合は面白くないです。逃げている場面が多いんですよ(*ムエタイの観点だと那須川天心のステップワークは「逃げている」と見られるという)。ムエタイはどんどん攻撃していかなければいけませんし、その点でエイサクの評価はタイでも高いです。テンシンも、もっとタイで試合をして経験を積めばムエタイでも力を出せるようになるでしょうけど」

山口代表「ウーさんは自分の教え子が可愛いから『今すぐ勝てる』と言うんですよ(苦笑)。トレーナーはそういうもので、それにストップを掛けるのが会長の役目ですからね。でも、瑛作が今、どんどん伸びているのは確かなので、いずれ最強の天心君に挑戦したいですね」

 「REBELS次期エース」潘隆成(ぱん・りゅんそん)は「もう少し」という。

「パン君は気持ちの部分がまだ良くないですね。先輩に遠慮してしまうところがあって、私とミット打ちをしてる時ぐらいの強い気持ちで試合が出来れば、もっと強さを出せるはず。でもまだ相手に気をつかってしまうところがあるので、そこを直していきたいです」
――この階級屈指の実力者、健太に勝てますか?
「うーん…、五分五分ではないですか? 勝てると思いますし、もちろん私も勝たせたいと思っています。右のキックを1試合で30回か40回出せれば勝てるはずなんです」
――最近、潘選手が試合でローばかり蹴るのはなぜですか?
「ワカラナイ(苦笑)。1ラウンド中に1回か2回しかミドルを蹴らないので『なんでパン君? もっとミドルを蹴って!』と話しています。健太は全然怖くないですよ。パン君が右のキックをたくさん蹴れば、必ず勝てます」

 誰からも好かれるパン君が、リング上だけは思いっきり「我」を通して、自分のやりたいことをやりたいようにやれば、すでに備えている「強さ、凄み」が観客にも伝わる選手になると思うが……。
 REBELSの「エース襲名」に期待したいところ。

 REBELS主催者で、クロスポイント吉祥寺の山口代表については「感謝しています」と。
「(関係は)とても上手くいっていると思います。私がミットを持って教えている時は、まったく口を出さずに任せてくれます。会長が信じてくれないと、トレーナーは良い仕事がなかなか出来ないです。山口さんは、私を信頼してくれて、立ててくださるので、とても仕事がしやすいです」

山口代表「ウーさんはとにかく真面目です。選手が『朝練をしたい』といえば、朝8時半にジムに来てずっと練習に付き合ってくれますよ。時間に正確な『真面目な田舎のおじさん』です(笑)。
 ウーさんのミットは、しっかりと体で受けるんです。手を抜いて、衝撃を流すことをしないので、選手にとってはいい練習になりますけど、来年2月で50歳のウーさんには体の負担がかなり大きいです。それが心配で『タイに帰って、クロスポントのタイ支部を作らない?』って言ってるんですけどね(笑)」

 10月にはウーさんの息子さんが来日。奥さんも日本のタイ料理屋で働いており、大学生の娘さん以外、一家での日本暮らしが始まる。
「山口さんがビザを用意してくれて、10月に来日します。息子は19歳で、ルンピニーで試合をしていたこともありますが、今はムエタイはしていません。ですが、日本では試合をさせたいですし、ジムでは自分のアシスタントもやらせます。
 私は格闘技が大好きなので、ずっと格闘技にたずさわりたい。将来はタイの田舎に帰ると思いますが、私の跡を息子が継いでくれたらいいな、と思っています」

 最後に、ウーさんに現在の夢を聞いた。

「ここにいる生徒たちに、私の持っている技術を出来る限り教えて、全員が上手くなってくれたら私も嬉しいですし、誇りに思いますね。
 日本には? あと2年ぐらいかな。私はずっといたいと思っていますけど、山口さん次第です」

 最近は、ターちゃん(パヤックレック)がタイからクロスポントに復帰し、日菜太や潘ら重量級選手はターちゃん、小笠原瑛作らはウーさんがミットを持っている。
 日菜太、瑛作、潘が全員勝利するか、それともやられてしまうのか。3選手の戦いぶりと共に、コーナーにいるセコンド、ウーさんにも注目だ。

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