老沼隆斗(おいぬま・りゅうと)インタビュー
インタビュー
公開日:2019/4/11
取材・撮影 茂田浩司二十歳の「ムエタイキラーの遺伝子」が初のムエタイ狩り!
元ムエタイ王者サンチャイTEPPENGYMと激突!
「天心選手に自分のことを覚えてほしい」
初タイトル奪取、そして初防衛成功。
だが「倒せるチャンスを逃してしまった」
老沼隆斗は、6歳から正道会館で空手を始め、ジュニアで活躍した後、キックボクシングに転向。「本格的にムエタイをやりたい」と3年前にSTRUGGLEに移籍。90年代を代表するキックボクサー「ムエタイキラー」鈴木秀明会長の指導で着実に成長してきた。
昨年2月「REBELS.54」でREBELS初参戦。この1年間の活躍ぶりは目覚ましいものがあり、REBELS-MUAYTHAIスーパーフライ級王座獲得、初防衛成功、そして今年2月の「パンクラスレベルスリング」では他団体王者をKO。今や誰もが認めるREBELS軽量級のエースとなった。
だが、老沼本人は「まだまだです」という。
「全試合で反省点ばっかあるんで。1戦1戦、いいところと悪いところが見えてきて、今はダメなところを消す作業を中心にやっていってます。もっとバランスのいい選手になりたいですね」
この1年間の老沼の成長の軌跡をたどってみたい。
2018年2月から始まったREBELS-MUAYTHAIスーパーフライ級王座決定リーグ戦では、蓮沼拓矢と濱田巧に危なげなく勝利し、同年6月6日の「REBELS.56」でJIROとの全勝対決に臨んだ。
勝者がベルトを巻く大一番は大接戦となり3Rが終わってドロー。記録上はドローながら王座決定のための特別延長ラウンドが実施され、老沼が2-1で制してプロ初のチャンピオンベルトを獲得した。
「試合は全然ダメダメでした(苦笑)。自分の欠点で、相手に付き合っちゃうんです(苦笑)。2ラウンドに右ミドルを1回効かせて、向こうの表情が一瞬変わった時にもうちょい攻め切れていれば。そこで迷いが出ちゃうとダメですね」
軽量級ホープを4選手集めたリーグ戦で、当初から老沼は「本命」と見られていたが、そのこともプレッシャーになった。
「ベルトを獲ってからがスタートだと思っていて、通過点といえば通過点ですけど『これを落としたらヤバい』という、正直、焦りもありましたね。だからベルトを獲れた時はまず1個の目標を達成できたな、と思いました」
2018年12月5日の「REBELS.59」では、JIROとの挑戦者決定戦に勝利した蓮沼拓矢を迎えて初防衛戦に臨んだ。
パンチ力に定評のある蓮沼に対して、老沼はスピードと多彩な攻撃で対抗し、試合の残り10秒で左右ハイキック、前蹴り、後ろ廻し連打の「老沼ラッシュ」で会場を盛り上げて2-0の判定で初防衛に成功。格闘技やボクシングでは「ベルトを獲るより初防衛戦の方が遥かに難しい」と言われる。そのことを老沼は実感したという。
「会長に『守る方が難しいよ』と言われてて『そんなに変わらないんじゃないかな?』と思ってたんですけど、リングの上で向かい合って蓮沼選手の気合いとか覚悟が伝わってきて。自分がタイトルを獲りにいった時と同じ気持ちを相手は持ってると思うんで、そこが難しさなのかな、と。
自分は『ベルト失ったら何も残らない』ってプレッシャーがヤバかったです。それまで失うものがなくて『どんどん当たって砕けろ!』でしたけど、それと違うプレッシャーでした。自分はこれから『REBELSの顔』になりたいんで、ベルトを失うと発言権も失ってしまうな、っていうのがあって」
この試合も大接戦だったが、ここでも「チャンスを逃がしたこと」が反省点だという。
「2ラウンドに結構いいフックを当てた時に、倒すぐらいの勢いでいけなかったのが反省点です。そこでチャンスを逃がして、向こうは回復して尻上がりに良くなっていって。あとで会長には『2ラウンドで倒し切りたかったね』と言われました。
初めての5ラウンドの試合で、未知な部分を意識しすぎて上手く戦おうとして、いつもの自分のリズムに持っていけなかったのも反省点です。実際に5ラウンドになった時、体力も全然残ってたんで『もっと早めに出さないと』って。それも勉強になりましたね」
終了間際の「老沼ラッシュ」は空手時代の経験がベースとなっている。
「空手の時代は自主練で、サンドバッグを蹴ったりシャドーをしたりが多くて、左右の連打とかを遊びで蹴ったりしてました。あと、空手の試合の時も最後に大技を出して締めたりしてたので(笑)、それが体に染みついてるかもしれないです。
4ラウンドが終わった時点で『見せ場がねえな』って。5ラウンドのどこかで絶対に派手な技を出したいと思ってて。前蹴りが当たって『いける!』と思って、そこでは倒し切るぐらいの勢いでラッシュできた感じですね」
過去2戦の反省点をふまえて、
地上波ゴールデンタイム生中継の大舞台で
「王者対決」でKO勝利!
老沼の魅力は、ミドル1発で会場の空気を変えてしまうほどの蹴り技のキレ味や、相手にクリーンヒットを許さない抜群の防御勘、そして何よりまれにみる負けん気の強さだろう。
普段は物静かで大人しい表情をしているが、リングに上がると表情も雰囲気も一変。負けず嫌いをむき出しにして対戦相手と対峙し、厳しい攻めで容赦なく追い込んでいく。
その魅力が爆発したのが、今年2月17日の「PANCRASE REBELS RING.1」での森貴慎戦だった。
蓮沼拓矢を下して初防衛に成功した老沼は、その場で2月大会出場をアピール。山口代表が快諾し、今年2月の「PANCRASE REBELS RING.1」出場が決まった。
対戦相手の森貴慎(当時J-NETWORKバンタム級王者)とは新人の頃に対戦して老沼が勝利。互いにベルトを巻いての再戦となったが、試合前、老沼は森のインタビューを読んで「カチン、と来ていた」という。
「インタビューを読んで『これは舐められたくないな』って思いましたね。『(2年前の老沼との試合は)1週間前に急に試合が決まって準備出来てなくて負けた』みたいに言ってて『普通にやってたら勝ってた』ってニュアンスもあるかなって。それが気にくわなくて『ぜってえ倒してやろう』って思ってました。このたっぷり準備期間がある中で、再戦して倒したら文句ないだろう、と」
老沼には、森がREBELS初参戦で地上波ゴールデンタイム生中継の舞台に立つことが納得いかなかった。
「自分はここまで来るのに苦労してきて、ベルトも獲って、アピールしてやっと出れたんで。他団体からREBELS初参戦で、本戦に出れて、テレビ中継もあるっていう。向こうに美味しいとこどりはされたくないっていうのはありましたね」
試合は、老沼が1ラウンドからコツコツとインローを蹴り、2ラウンドから前蹴り、ミドルを散らして攻勢に。3ラウンドに反撃に出た森のパンチを受ける場面もあったが、老沼はローと前蹴りで追いつめるとヒザ蹴り連打でダウンを奪い、ミドルで2度目のダウンを奪ったところでレフェリーストップ。
「1ラウンドはちょっと緊張したのもあって行き切れなくて。2ラウンドからペースが掴めてきて、パンチも完全に見切れてて。
3ラウンド目に向こうのフックとストレートが1回ずつ当たったんですけど、それは絶対に当たっても大丈夫な位置、クリーンヒットしない位置に頭を置いてて。拳がもう一個入ってたら倒れるだろうなっていう位置で当てさせてから攻めたんです」
KO率7割を誇る強打の森に対して、すべて避けず「当たってもダメージのない位置」であえて受けて、反撃でダメージを与える。「ムエタイキラー」鈴木会長から伝授された高度なテクニックを、さらに老沼が自分でアレンジしたものだった。
「会長に『この位置なら相手の攻撃は当たらない』という位置を教わってて、その位置を頭に入れておきながら、自分でも考えてアレンジして攻めましたね。試合前は『相手の攻撃が完璧に当たらない位置』にどう入るか。そこに入るステップ、足の位置、距離を会長に何度も何度も合わせて貰ってて。本当は、1発も当てさせないで倒すつもりだったんですけど、ちょっと攻め過ぎた時に貰っちゃったかな、と」
老沼のKO勝利は、TOKYO MX2とエムキャス、UFC FIGHT PASSで生中継された。
「みんなMXで見てくれたり『録画して後で見たよ』とか言われて、影響力あるなと思いましたし、嬉しかったですね(笑)。計量の会場もいつもと違う場所でやる気が出ましたし。試合の中継がない時ももちろん頑張るんですけど、中継があるともっと頑張れますね(笑)」
試合後、老沼はマイクで「REBELSのチャンピオンが強いと見せられたので、次、タイ人どうですかね?」とアピール。
「タイ人とやるのはずっと目標だったのでここで言わなきゃ、と(笑)。会長にはマイクとかは何も相談してないです。『自分のやりたようにやったらいいよ。自分がなりたい選手になった方がいいよ』と言われてます」
着実に進化して、もうワンランク、ツーランク上の相手に挑む絶好のタイミングに、山口代表がマッチメイクしたのが4月20日(日)、後楽園ホールで対戦する元ラジャダムナンスタジアム王者、サンチャイ・TEPPEN GYMである。
サンチャイ選手を倒して、もっと強いタイ人と戦いたいし、
天心選手に自分のことを覚えて貰いたい
老沼は車のディーラーでアルバイトをしながら練習と試合をこなす生活をしていたが、近々、転職することが決まっている。
「今度も車の運転です。今、実家から押上のSTRUGGLEに通っているんですけど、もっとジムの近くに住んで練習環境を良くしたいんです。ただ、押上は結構家賃が高くなってて(苦笑)。だから、今年は一杯試合をして、貯金して、来年には一人暮らしが出来ればいいなと思ってます。
今度の仕事は、朝から夕方まで働いて、土日祝日が休みになるんです。ディーラーで働いている時は土日も祝日も働いていたので、そこが休みになると気持ちは楽になりますね。
自分のことをもっとたくさんの人に知って貰いたいですし、ファイトマネーも、スポンサーも増やしていきたいです。チャンピオンになって、友達の友達で直接知らない子に声を掛けられたり、自分の知り合いが誰かに話して『ああ、その子知ってるよ』って言われたという話も結構聞きました。自分の知らないところで知られてきたんだな、っていうのはありますね。
ツイッターのフォロワーもちょっと増えてきました。『年末までにフォロワー1000人は越えたい』とつぶやいたら結構増えて、2月の試合が終わってからまた増えてて。自分を知って貰うためのプロモーションも、もうちょい行動していきたいですね」
「老沼隆斗」をもっと知って貰いたい、と考えた時に、新たな悩みも。
「自分はこれといったキャラクターがないんです(苦笑)。先輩の松崎(公則)さんとも話したんですけど『記者会見とかで何か目立つヤツはないかな?』って(笑)。でも、何かキャラクターを作るとなったら一本突き抜けないといけないんで難しいな、って。
自分は『ムエタイキラーの遺伝子』がちょうど空いててよかったですけど(笑)。ただ、調べてみたら98年生まれのキックボクサーが本当に多いんですよね。クラッシュの篠原(悠人)選手とかRISEの篠塚(辰樹)選手もそうで、多いなーと思って」
1998年生まれは「キック界の黄金世代」。石井一成、平本蓮、そして、やはり代表格は那須川天心である。
老沼と那須川は、誕生日が1週間違い、空手を始めた時期もほぼ一緒。どうしても意識せざるを得ない。
「大みそかのメイウェザー戦は、出掛けてて車の中でちょっと見て、後で見ましたけどすごいなって思いました。いま自分のいる位置と比べると悔しいですね。同い年で、メイウェザーと向かい合ったという事実だけでとんでもないなって。ただでさえ自分の届かない位置にいるのに、さらに遠くに行っちゃった感じですね。
3月のRISEの試合も、練習した技を試合でスッと出せるのがやっぱりすごいですね。あの大一番で、あのタイミングで、あの技をよく出せるな、と思いますね。
だけど、選手として負けたくないという気持ちはありますね。その気持ちがなかったら終わりだろう、と。自分は階級が違ってもどの選手にも負けたくない。試合のインパクトとか、見てる人の印象に残るような、そういうところでは絶対に負けたくないと思います」
次の対戦相手、サンチャイ・TEPPENGYMは、元ムエタイ王者にして、現在はTEPPENGYMのトレーナー。待望の対タイ人であるばかりでなく「天心のトレーナー」という部分でも、老沼にとって闘志を掻き立てられるところだ。
「タイミングがよかったですね(笑)。正直、タイ人一発目の相手としてはやばい相手だなって思います。ランカークラスとかじゃなくてビッグネームじゃないですか。現役時代の映像を調べてみたらめちゃめちゃ強いな、っていう印象があって。一度ラジャを取った選手というのは燃えますし、試合が出来るのは光栄です」
鈴木会長からは、すでに攻略法を伝授されている。
「会長には『今の実力だったら全然勝てる』と言われました。会長と相手の穴とかを話してて、作戦も練っているんで。
でも結局のところ、自分の実力、自分の動きを出して、自分の距離で戦えば、圧倒できる練習をしてるので。試合の展開を作っていく中で、うまく出せればなと思ってます。ここで負けたら『ムエタイキラー』のイメージがなくなっちゃうし、自分はこれからもっと強いタイ人とやっていきたいので。一発目はしっかりと勝ちたいです。
対戦が決まってすぐの時は、正直、ちょっと怖さもあったりしたんですけど。練習をしていきながら、相手の映像を見たりしていると『タイ人も同じ人間だから変わらないんじゃないか』と思うようになりました。会長が言ってたのは『日本人でタイ人に勝ってる選手は、相手がタイ人だからとか意識しない』と。だからいつも通り、意識しすぎずに自分の実力で倒したいと思ってます。
REBELSのチャンピオンとして絶対に負けられないですし、これ、セコンドに天心選手が付いてくれたら美味しいですね(笑)。絵的にもいいと思うんですけど(笑)。
天心選手とは面識はなくて、向こうは『誰だお前』みたいな感じだと思うんですけど、サンチャイ選手を倒して、天心選手に自分のことを覚えてもらえればいいかなって思ってます」