「リトルサイボーグ」タネヨシホインタビュー

インタビュー

公開日:2020/2/25

取材・撮影 茂田浩司
撮影(コスチューム) 阪本勇

「あの時は、打ち合う以外に出来なかった」
復帰したタネヨシホが明かす
<リトルサイボーグ>という「虚像」と、
REBELS55.5kgでの復活



 2月29日(土)、東京・後楽園ホール「REBELS.64」からREBELS-RED(ヒジあり)55.5kg王座決定トーナメントが開幕する。
 小笠原瑛作、壱(いっせい)・センチャイジム、KING強介ら、ベルト保持者や王者クラスが集結する中、俄然、注目を集めているのが「リトルサイボーグ」タネヨシホの参戦だ。
 2018年、KNOCKOUT(ノックアウト)での大崎兄弟(一貴、孔稀)との激闘で一躍、その名を知らしめただけに、今回は55.5kgに階級を上げてのREBELS初参戦。
「また激闘を見せて、REBELSのベルトを獲ってやる!」
 そんな威勢のいい言葉が飛び出すのではないかと思っていたのだが……。

「激闘? あの時は『足を止めて打ち合う』しかできなかったんです」
「『打ち合いでお客を楽しませる』なんてしんどいです。『こういう試合をしなあかん』とか、もう変にとらわれたくないんです」

 タネヨシホに一体、何があったのか……。






 タネヨシホ(本名、多根嘉帆)は、学校が苦手な子供だった。
「小2から小6まで、ほとんど学校に行ってなかったです。いじめ? それがまったくないんです。学校が苦手で、純粋に不登校です(笑)」

 見かねた父親が、タネを空手道場に通わせた。
「多分、学校に行ってないんで『やることないんやったらいっとけよ』って道場に入れさしたんです」
 小学3年から道場に通い始め、小4からアマチュアの試合に出始めると、タネの格闘技の才能は開花し、数々の大会で活躍する。
 ただ、元々の性格は変わらなかった。

「めちゃめちゃおとなしい性格です(笑)。喧嘩はしたことがないんですよ。素手で人を殴ったことがないです。僕の普段の生活を知ってたら『本当に格闘技をやってるの?』と思われるくらいにおとなしいですよ(笑)」

 タネヨシキ・ヨシホ兄弟を知る関係者は言う。
「兄貴のヨシキとは正反対で、ヨシホは本当におとなしいです。前のKNOCKOUTではイケイケな感じで作られていたけど、あれは兄貴の方ですね(笑)」

 16歳でプロデビューすると、持ち前の才能を発揮してすぐに頭角を現した。
 DEEP KICK53kg初代王座決定トーナメント、1回戦で政所仁、準決勝で玖村将史を破り、決勝戦で松岡宏宜を1RTKOで破ってデビューわずか1年、17歳にして初戴冠を果たす。
 ただし、この時は53kg。WBCムエタイ日本統一王座を獲得し、KNOCKOUTに参戦した時は「51kg」のフライ級だった。

 フライ級に落としたことで、まだ成長期だったタネはすさまじい「減量苦」に直面する。
 通常体重はすでに61~62kgに達しており、試合までに10kg以上の減量をしなくてはならなかった。軽量級選手の「毎回10kg以上の減量」は厳しい。

 タネは、毎回、大量の水抜きをして体内の水分を絞りつくし、なんとか計量をクリア。だが、絶食と極度の脱水で疲弊した体が1日で元に戻るはずもなく、いつもコンディション不良のままで試合に臨んでいた。

「他の人の話を聞いたら、俺なんかプロじゃないですもん。ひどかったです」

 皮肉にも、コンディションの悪さゆえにタネは「激闘派」として名を上げてしまう。しかしながら「KNOCKOUTの激闘派、タネヨシホ」は、本来のタネとはまったく違う戦い方だった。

「会長にずっと教わってきたのは『打たれないで打つ』なんです(苦笑)。だけど、試合の時はいつも体が重くて、足でしっかりと踏ん張れてないのにパンチを思いっきり振るからよくコケてましたし、すぐに疲れてしまった。
 それで『激闘派』と煽られて、気にはしてないつもりだったんですけど、刷り込みみたいな感じで『こうしなあかんやろ』的なものはあったッスね。そんなんで気持ちが揺らぐ時点で、僕が弱いというだけなんですけど」

 「タネヨシホ」の名前を一躍、キック界に轟かせた大崎兄弟との激闘も「8割、試合をあきらめていた」という。

「しんどいし、疲れ切ってて、5R目は『これで無理やったら倒れよう』と思ってました。3分なんてもたへんのは分かってたから『30秒間ラッシュして、無理やったらあきらめよう』と。そうしたら、たまたま10何秒で相手(大崎孔稀)がへばって倒れてくれた、というだけです。最強に『開き直り』ですね……」

 だが、綱渡り状態でなんとかクリアしてきた減量も、限界を遥かに越えていた。最近、KNOCKOUTの「無法島GPインタビュー」で鈴木千裕が明かした「計量オーバー」のケースと、タネはほぼ同じ軌跡を辿っていた。
 度重なる「減量ストレス」により、減量期間から解放されるとその反動で食べてしまう。その結果、通常体重は増えて、試合までの減量幅はますます増えていく。

 傍からは「階級を上げればいい」と思うが、その決断が難しい。オファーが来るのはフライ級での試合なのだ。
「フライ級の試合は毎回減量でしんどい思いをしましたけど『今回も何とかなったから、まあいけるか』と思ってしまったんです」

 昨年4月、タネヨシホは石井一成とのタイトルマッチで規定の体重をクリアできず、試合は不成立となった。
 対戦相手や主催者に謝罪し、SNSでは格闘技ファンに「プロ失格」と罵られたが、それだけでは済まない。タネヨシホもまた、計量オーバーのペナルティで多額の借金を背負った。

「契約書にサインしたら、自分の責任ですから……」

 そう言って、タネは口をつぐんだ。ただ、こう付け加えた。

「きっと、ひそかに減量で苦しんでる選手はたくさんいると思います。プロで試合してて、突然辞めてしまう選手がいますよね。あの中には『減量のしんどさ』で辞める人も結構いるんちゃうんかな、って思いますね」

 昨年11月、借金の返済が終わり、ようやく日常生活が戻ってきて練習を再開した時に「1月、BORDERでの復帰戦」が決まり、さらに「REBELS55.5kg級初代王座決定トーナメント」のオファーが来た。

 タネは、今年1月19日「BORDER」で復帰。イ・ジェオク(韓国)に判定勝利を収めた。
「ひと言でいうと『めっちゃ疲れた』です(笑)。ボディで2回ダウンを取って判定勝ちしましたけど、久しぶりで緊張してて疲れました」

 初めて55kgで試合をして、タネは確かな手応えを掴んでいた。
「減量が少なくて、体調も良くて。やっぱり『精神的な負担』が全然違うんですよ。今は普段61とか62kgで、計量の1週間前であと4kgですから。最後に1kgだけ水抜きをするので、1週間で3kg落とせばいい。これなら、練習して、少し食事を抑えたら大丈夫です。フライ級の時の『今から10kg』とは全然違います」

 いよいよ、東京での1年2か月ぶりの試合、KING強介戦を迎える。

「どんな試合かを言うのは難しいですね。相手との相性があるのでやってみないと分からないです。ただ、お互いにパンチ力があるので、どっちかが先に当てて、どっちかが倒れると思ってますね。
 出稽古に行くと、みんなに『REBELSのトーナメントはレベルが高いね』と言われます。確かにみんな強いですけど、僕はそこまでレベルの差があるとは思わないんで、ボコボコにされることはないと思ってます。僕が一番若くて、経験も少ないでしょうけど、実際に試合してみないと分からないです。
 今、練習が楽しいです(笑)。生活の中に格闘技がないと物足りないんですよね。
 ただ『打ち合いでお客を楽しませる』とかはもうしんどいです(苦笑)。なるべく貰いたくないですし、自分が『楽しい』と思えたらええかな、って。もしかしたら思いっきりアウトボクシングして『何が悪いんや! しんどいわ! 自分でやってみろ!』ってREBELSのお客さんに叫んでしまうかもしれないです(笑)」

 果たして、どんな「タネヨシホ」が見られるのか。2月29日の「REBELS.64」,KING強介対タネヨシホに注目したい。

プロフィール
タネヨシホ(本名、多根嘉帆)
1999年10月2日、20歳。大阪府出身。
身長:165cm。小3から道場に通い始め、小4からジュニアで試合に出場。アマチュアでは57戦42勝(7KO)7敗8分の好成績を残す。
2015年11月にプロデビュー。2016年11月、DEEP KICK53kg級王座を獲得。2018年2月、能登龍也に勝ってWBCムエタイ日本統一フライ級王座獲得。同年10月に大崎一貴に5RTKO負けをし、同年12月に大崎孔稀に5RTKO勝ち。この大崎兄弟との激闘で「激闘派タネヨシホ」の名をキック界に知らしめた。
2019年4月、KNOCKOUTでの石井一成戦で2.4kgオーバーの体重超過と体調不良で試合中止。
兄は同じキックボクサーのタネヨシキ。
戦績:17戦13勝(6KO)3敗1分。

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