4.27 REBELS.55インタビュー

インタビュー

公開日:2018/4/22 3

取材・文 茂田浩司
試合写真 山口裕朗
写真提供 KING強介

第4子誕生を控える「爆腕ビッグダディ」KING強介(きょうすけ)。
「KOUMA選手との闘いは“運命”。地方で頑張ってきて、辛い思いもしてきた。すべてをパンチに込めて、KOしたい」

「西からREBELSのリングを荒らしに来ました」
 その言葉通り、KING強介(ロイヤルキングス)は前回のREBELS.54で強烈なインパクトを残した。
 REBELS.53で世界2冠王の国崇を破り、勢いに乗る炎出丸に対して、KING強介は序盤から持ち前のハードパンチで攻め立て、2度のダウンを奪って完勝。噂通りのアグレッシブ&爆腕ぶりを山口代表が高く評価し、KOUMAの持つREBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級タイトルの挑戦者にKING強介を指名した。
 王者KOUMAは「KING強介君となら熱い殴り合いが出来る」と胸を高鳴らせているが、参戦2戦目でタイトル挑戦となったKING強介はどんな思いでいるのか。
 連絡を取ったところ、KING強介もまた様々な事情を抱えながら競技を続ける30代のキックボクサーだった。






仕事をし、練習し、単身赴任中のため家事もする
「すべて試合へのモチベーションにします」



 強気で鳴らすKING強介が、ある日、珍しく自身のツイッターでこんな弱音を吐いた。

<強介次戦レベルス55 vsKOUMA‏ @doublenein
3月26日 1人になると寂しさが襲ってくる だからずっと練習していたい。 #単身赴任 #寂しさが俺を強くする #レベルス55 #レベルスムエタイタイトルマッチ #東京後楽園ホール #5ラウンドまでにどちらかが倒れる #お互いにそう思ってるはず #決め手は恐怖心>

 家庭の事情でKING強介は現在、単身赴任中だった。
「嫁さんと3人の子供は嫁さんの実家に帰ってて、僕は一人で神戸で生活しながら仕事して、練習して、っていう生活をしてます。洗濯物が溜まってしまうんですよ(苦笑)。洗って干したら畳まないといけないし、ご飯も全部自分一人でやらなければいけないんで。この生活になって2か月経って、ようやく慣れてきましたけどね」

 子だくさんのにぎやかな家庭から一変、一人きりの生活にはわびしさが漂うが、KING強介にとって「家族」の存在が戦うモチベーションになっている。
「子供は5歳、3歳、1歳で、今年の8月にもう一人生まれてくるんです。『リング上で子供と写真を撮る』って決めてて、上の二人の子とは撮れたんです。去年、鈴木(真彦)戦の会場に一番下の子が来てたんですけど、負けちゃって撮れなかった。下の子と、今度生まれてくる子と、リング上で写真を撮りたい。それは試合へのモチベーションにもなってますし、仕事は大工をやってるんですけど、一生懸命にやってますよ。家族を養っていかないといけないんで。今は、家に帰ってきても一人なんで、仕事して、練習して、疲れ切って帰ってきてそのまま寝るだけの生活です」

 「試合のない時はキャバクラに行ったり、女の子と遊んでる」と公言するKOUMAとは真逆の生活だが、実はKING強介とKOUMAは同い年で、様々な共通点があるのだという。

「KOUMA選手のインタビューを読みました。僕も昔、少しやんちゃはしましたけどKOUMA選手に比べたら全然です(笑)。KOUMA選手は一回道を外れて、よう戻ってきましたね。戻れない人もたくさんいるのに、こっちに戻ってきて、チャンピオンに上り詰めるのもすごいことですよ。しっかりと練習に取り組まないと、通用しない世界ですから。
 KOUMA選手とは年齢も同じ、身長(163cm)も、ファイトスタイルも同じなんですけど、キックを始めたのが遅いのも同じなんです。
 昔から格闘技は大好きだったんですけど、近くにジムがなくて、KING皇兵に出会ってキックを始めたのが26歳。1から教わって、アマチュアを1年ぐらいやって、27歳でデビューしました。
 一人で黙々と練習するのもKOUMA選手と同じです。やるべきことは分かってるので」

 KOUMAのことは、以前から知っていた。
「面白い試合をする選手だな、と思ってチェックしてました。去年、MAでタイトルを防衛した時に『REBELSでKOUMA選手とやりたい』と言ったんですよ。すごいアグレッシブで、ガチャガチャですけど『この選手と試合したら会場をわかせられるな』と思ったんで。
 だから『いつかやりたい』と思ってましたけど、まさかこんなに早く、しかもタイトルマッチでやれるとは思っていなかったです。タイトルマッチまでは、もっと順序を踏むのかなと思ってましたから」

 同い年ながら、全く違う場所で、違う生き方をしてきた二人が、いつしか「コイツと戦えば面白い試合になる」と同じ思いを抱くようになり、まるで吸い寄せられるようにREBELSという戦場にたどり着き、拳を交える。
「KOUMA選手と戦うのは運命だったんでしょうね」






打ち合いはしたくないです。痛いの嫌いなんで(笑)
だけど会場をわかせる試合になるんでしょうね。
KOして、REBELSのベルトを巻きます。



 KING強介とKOUMAには共通点が多いが、明らかに違う点もある。それは、KING強介が常にアウェーで戦い続けてきた選手、ということだ。
「試合はいつもアウェーです。僕はKO率は低いですけど(28戦で7KO勝利)、勝った試合は全部ダウンを取っています。逆に言えば、いつもアウェーなんでダウンを取って、しっかりとポイントを取らないと勝てないんです。それで辛い思いもたくさんしてきたんで」

 アウェーでは「判定になれば不利」になるのは否めず、接戦になればホームの相手側にポイントが付く。そのため、KING強介は得意のパンチを磨き、倒し方を工夫するうちにタイトルを手に入れ、やがて「西の激闘派」として少しずつ知られるようになった。

 現在、33歳。守らなければならない家族もいるが、それでもキックボクシングで上を目指す姿勢は変わらない。
「体を動かすのが好きで、キックボクシングが好きなんで、自分が望んだ形でやめたいですね。中途半端に、思いを残してやめるのは嫌なんで。とことん自分がやりたいことをやって、上がりたいリングに上がって、ちょっとぐらい脚光も浴びてみたい。それに、強い選手は一杯いるんで、どれだけ強いのかを戦って知りたいんですよ。
 KOUMA選手は『打ち合い』を望んでますけど、僕は断ろうと思ってます(笑)。痛いのは嫌いなんで(笑)。
 まあ、誰もが予想する通りに、お互いにダメージの残る試合になるでしょうね。ただ、詳しくは言えないんですけど僕も幾つかの作戦を用意してて、パンチで打ち勝てると思ってますね。『タイミング』だけなんです。これ以上は言えませんけど(笑)。
 僕もパンチの強さには自信があります。KOUMA選手とは絶対に会場をわかせる試合になるんで、KOで勝って、REBELSのベルトを取って、次回大会も出たいです。6月6日、誕生日なんですよ(笑)。
 ずっと地方で頑張ってきて、僕のスタイルを山口代表に評価して貰えて、参戦2戦目でタイトルマッチをやらせて貰うのは嬉しいですし、今、すごくモチベーションが上がってます。
 必ず熱くて、面白い試合をするので、応援してください」

プロフィール
KING強介(きんぐ・きょうすけ)
所  属:ロイヤルキングス
生年月日:1984年6月6日(33歳)
出  身:兵庫県神戸市
身  長:163cm
体  重:55㎏(試合時)
戦  績:28戦14勝(7KO)13敗1分
タイトル:初代ホーストカップバンタム級王者、MA日本バンタム級王者

4.27【REBELS.55】パスカル・コスター試合直前取材

インタビュー

公開日:2018/4/21

王者良太郎とノンタイトルながらワンマッチ対戦するオトマニジムのパスカル・コスター。王者になったばかりの良太郎のモチベーションを上げるために山口会長の断によってオトマニジム選手の起用となった。
因縁浅からぬオトマニジムとの対戦。パスカルに試合直前の心境を訊いた。








胸のタトゥーC’est La Vie はフランス語でセラビと発音する決まり文句。
意味は『なるようになるさ』『仕方ないさ』『これが人生さ』

―― 日本からの試合オファーを聞いてどう感じましたか?

パスカル 『おおお、来たーー!』って感じ。瞬間的にクレイジーになったよ。舞い上がった(笑)。すぐ親父に連絡してさ。親父も大喜びでね。『絶対勝つんだぞ』って。空港へ見送りに来てくれるって言ってたよ。

―― ところで生まれは?

パスカル フローニンゲンというオランダ北方の街さ。アムステルダムからは車で2時間ほど。親父はオランダ人でお袋がイタリア人だった。僕はハーフさ。でもイタリア語はまったく話せない。だって物心つかないうちにお袋は病気で亡くなったからね。だからお袋のことはほとんど覚えてない。
親父はインドネシア人女性と再婚した。どうやら親父はオランダ人女性があまり好きじゃないみたいだ(笑)。だって気が強いからね。再婚相手には娘がいたので僕には腹違いの妹ができた。家族はみんな仲いいよ。日焼けサロンをやってる。

―― 今はアムステルダムで独り暮らしですね。

パスカル そう。ガールフレンドもいない(笑)。今はキックにのめりこんでいる。

―― 格闘技歴は?

パスカル 中学高校とテコンドーをやってた。卒業するまで毎年5年連続でトーナメントでオランダ優勝していた。でも卒業してテコンドーじゃ飯は食えないから地元のキックジムに所属したんだ。
でもさ、田舎だから試合チャンスというものに恵まれないんだよね。やっぱり中心地アムステルダムに行かないとだめだと思ってね。色々調べてカルビンジムに所属したんだ。

―― なぜカルビンジムを?

パスカル カルビンさんってほら伝説の人だから。オランダキックの基礎というか形をつくり上げた人だって聞いたからね。きちんと基本を習おうと思って。それに好きな選手でアジス・カラーという選手がカルビンジムにいたのも理由の一つなんだ。

―― 今はオトマニジムですね。

パスカル 昨年の春先に移籍した。もっとたくさん試合がしたかったから。カルビンジムにはなぜだかあまり試合オファーが来ないんだ。
オトマニジムを見ていると選手たちがどんどん国内外で活躍している。試合チャンスが多い。海外遠征も多い。僕もその中に入りたいと思ったんだ。移籍したらすぐにクンルンから試合オファーが来た。驚いたよ。昨年クンルンで2試合もした。そしたら今回は日本からオファー。夢みたいだ。オトマニジムの勢いを感じる。
ベルギーから3時間かけてオトマニジムに練習に来ている選手たちもいるんだよ。オトマニジムの渦に巻き込まれたいんだよ。試合チャンスを狙っているんだよ(笑)。



一昨年K-1とクラッシュで大活躍したイリアス・ブライド選手と練習。

―― 今回の対戦相手のことは知ってますか?

パスカル リョウタロウ選手はレベルス王者ですよね。トーナメント決勝でメジロの選手を破って王者になったって聞いた。オトマニジムが日本へ行くと必ずセコンドヘルプしてくれた人だって会長から聞いた。今回はヘルプじゃなくて対戦相手となるんだから面白いというか因縁というか。
でもオトマニ会長は喜んでいた。リョウタロウは素晴らしい人間だって。対戦相手となったけど敵という感じはまったくしない。彼は友人だし仲間だって言ってた。
でも試合は試合。負けるわけにはいかない。ノンタイトルマッチで王者に勝てばリョウタロウ選手も黙っていられないはずだ。きっと再戦希望するからそのときはタイトルマッチでやりたい。そんな展開になるように大勝利したい。

―― 日本のことで知っていることは?

パスカル 武道の国。キックの国。K-1の生まれた国。キックボクサーなら世界中の誰もが試合したい国。
僕はかなり興奮している。コンディションはばっちりだしウエイト調整も問題ない。最高の状態で試合に臨み勝ちます。勝って再びレベルスに呼ばれたいし継続参戦したい。

―― 健闘を祈ります。凱旋帰国の節はインタビューをお願いします。

パスカル インタビューしてもらえるように頑張ります。

プロフィール
パスカル・コスター(Pascal Koster)
所  属:オトマニジム
生年月日:1993年10月30日(24歳)
出  身:オランダGroningen(フローニンゲン市)
身  長:172cm
体  重:ライト級
戦  績:32 戦 24勝 7敗 1分4KO。テコンドー5連覇。

4.27 REBELS.55インタビュー

インタビュー

公開日:2018/4/1 3

聞き手・撮影 茂田浩司

「実録あしたのジョー」KOUMA(コーマ)。
「本物の格闘技、ムエタイとの出会いが、自分の人生を新しい道に導いてくれた」

 昨年6月のREBELS.51で炎出丸(クロスポイント吉祥寺)をKOし、REBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者となったKOUMA(ウィラサクレックフェアテックス荒川ジム)。今大会では挑戦者にKING強介(ロイヤルキングス)を迎えて初防衛戦に臨む。
 どんな相手、どんな試合展開でも必ず前に出てKOを狙うKOUMA。そのハートの強さと、この階級屈指のハードパンチャーぶりはよく知られているが、格闘技を始めたのが26歳、プロデビュー時にすでに28歳と、若年化が進むキック界では異色の存在でもある。
 しかし、格闘技を始める26歳まで何をしていたのか。「元暴走族」と聞くが、その年齢まで暴走していたわけでもあるまい。高い身体能力を活かして他競技に打ち込んだ後、格闘技に転向してきたのか。
 KOUMAにたずねると、彼は淡々とした口調で「格闘家以前」のことを語り出した。

「自分、19歳から23歳まで少年刑務所にいたんですよ」






暴走族に入り、荒れた十代を過ごす
「成人式は塀の中でした。丸坊主で行進して『自分は何をやってるんだろう?』」



 KOUMAは東京都荒川区生まれ。普通の会社員の家庭に生まれ、普通に育った。
「三人兄妹で、ウチの姉ちゃんはめちゃくちゃ頭が良いんですよ。成績が優秀で、国からの奨学金を貰って学校に行って今は学校の先生です。でも、自分と双子の兄貴は頭が悪いんで『双子だから脳みそ半分ずつだ』って言われてました(笑)」

 子供の頃から運動は得意で、スポーツでも活躍していた。
「運動神経は良かったですよ。小学校では短距離、幅跳びとかずっと1位でした。スポーツは学校のクラブ活動で、野球とかサッカーをやってて。中学でもクラブ活動でサッカーをちょこっとやりました。ちょうどW杯のフランス大会かなんかあって。プレースタイルは今の戦い方とまったく同じで、荒削りでした(笑)。昔の岡野(雅行)みたいにひたすら走って『足が速いだけじゃん』っていう。兄貴はサッカー推薦で高校に行きましたよ。今は結婚して子供もいて、トラックの運ちゃんをやっています。
 自分は高校に一瞬行ったんですけど、すぐ退学になりました(苦笑)。喧嘩とかバイク通学したり、髪型もパンチパーマで(笑)。16歳ぐらいから暴走族に入って、そっから変わった人生を歩んだというか」

 十代は荒れに荒れて、やがて少年刑務所へ。
「喧嘩もあったんですけど、昔みたいな土手でタイマン張って、みたいなことはなかったですね。暴力というかバットとかそういうので傷害事件を起こしたり。
 16歳から19歳までは鑑別所や少年院に入ってました。逮捕されて半年入って、出てきてまた逮捕されて次は1年とかになって。それは暴走行為とか、喧嘩して傷害とかで。それで19歳の時にちょっと大きな事件を起こして、そっから4年間、少年刑務所に入ってたんですよ」

 自業自得ではあるが、19歳から23歳という人生で一番充実し、楽しい時期を少年刑務所で過ごしたことで、KOUMAの人生観は変わった。
「受刑生活は厳しかったですよ。丸坊主にして、番号で呼ばれて、行進したり。成人式は塀の中で『俺は何をやってるんだろう?』って。一番きつかったのは、食べたいのに食べれなかったことです。少年刑務所の中は食事の量も全然足りなかったですし。
 でも、その4年間で反省して、精神論で鍛えられたと思います。あの時の生活が全部今に生きてるな、って、自分で正当化してます(笑)。いつも『あの生活に比べたら』っていうのがあるし、役立ってるって思いたいし、今も格闘技やってると、あの経験は活きてるな、って思う部分はあるんですよ」

 刑期を終えて出所した時、KOUMAは24歳になっていた。
「特にやりたいこともなくて、プラプラしてました」
 その2年後、KOUMAは人生を変える大きな出会いを果たす。






ステゴロじゃ負けねえだろ、って思ってたのが全然かなわない。『なんだムエタイって!?』と。地下格闘技のオファーは断りました。一緒にされたくなかったんで。



 26歳の時、総合格闘技をやっている友人に誘われてウィラサクレックフェアテックスジム荒川に遊びに来たところ、成り行きで入門することになってしまう。
「友達に『遊びに来れば』って言われて、見学に来たんですよ。そうしたら『また来なよ』って言われて、次に行ったらアマチュア大会の出場者に自分の名前が書かれていたんです。『あれ?』って言ったら、タイ人の先生に『大丈夫、勝てるから』って訳の分からないことを言われて(笑)。『じゃあやるしかないじゃん』って入門しました」

 それまで、KOUMAは格闘技にまったく興味がなかった。周囲が格闘技ブームに夢中になっていても、冷めた目で見ていたという。
「格闘技のカの字も知らなかったです。みんな、K-1とかDynamite!とかHERO’Sとか流行ってたっていうけど興味がなくて。ここに来るまで総合とK-1の違いもわからなかった(笑)。素人中の素人だったんです」

 少年刑務所の中でも格闘技は人気だったが、KOUMAは一切見なかった。
「みんなテレビで格闘技を見て『山本KIDがうんたら』とかよく喋ってましたけど、どうでもいいな、と思って自分は本を読んでました。全然興味なくて。
 悪いことやってるヤツにありがちなんですけど『自分たちの方が強い』って思ってましたから(笑)。真面目に格闘技をやってるヤツらよりも『オレらの方が強い』っていう、子供っぽい意識があったのかもしれないですね」

 だが、ウィラサクレックフェアテックスジムに入門し、ムエタイを体験して、KOUMAは現実を知る。
「やってみたら、普通の子がめちゃくちゃ強かった(苦笑)。普通に『ゲームセンターにいたらカツアゲされんじゃないか』って感じの子にボコボコにされました」

 ごく普通の子にまったく歯が立たず、その屈辱感が逆にKOUMAの闘志に火をつけた。
「格闘技って面白いな、と思ったんすよね。それまでは『ステゴロじゃ負けねえだろ』って思ってたのが、やってる子はめちゃくちゃ強い。『なんだこのムエタイっていうのは!?』って思って、面白くなってきて、タイ人の先生たちに色々と教わるようになったんです」

 元々、身体能力が高く、体も頑丈。タイ人トレーナーに鍛えられて、KOUMAはアマチュア大会で連戦連勝を飾る。
 その頃、人気のあった地下格闘技大会からもオファーを受けたが、KOUMAはきっぱりと断った。
「ちょうど地下格闘技が流行ってた頃で『出ないか?』って誘われましたよ。自分の周りには地下格闘技で活躍してる子もいたんですけど『そこは違うな』と思って、一切、見にもいかなかったです。
 自分なんかタトゥー入ってるんで『格闘技をやってる』と言うと『アウトサイダーですか?』なんて訳の分からないことを言われて(苦笑)。それもすごい嫌でしたね。
 人気があるみたいですけどアマチュアだし、プロとは全然レベルが違うんで。一緒にされたくないんですよ。プロでやってる選手はみんなそういう思いはあると思いますよ」

 アマ大会の実績をひっさげて、2013年1月、28歳でプロデビュー。これまでプロで15戦して13勝しているKOUMAには「今でも思い出す」忘れられない試合がある。
「アマチュアでほとんど負けがなくて、プロでもデビュー戦から6連勝したんですよ。で、7戦目にめちゃめちゃ戦績の悪い相手と組まれたんですよ。自分なんか無敗なのに、相手は6敗とかしてて『なんでこれと試合を組むの? 練習しなくても勝てるでしょ』って思いがあって。全然練習しないで、体重だけ落として、試合まで当時付き合ってた彼女とイチャイチャイチャイチャしてました(笑)」

 KOUMAは「スパーリングぐらいの感覚」。だが対戦相手はKOUMAの6戦全勝、うち6戦目はタイ人選手をヒジで切っての流血TKO勝利という戦績と好戦的なスタイルを恐れ、十分に研究して試合に臨んできた。
 その結果、KOUMAは判定負け。しかも、アゴの骨を折られるという屈辱的な敗北を喫した。

「自分が突っ込んだところに相手の前蹴りがモロにアゴに入って、全身に電撃みたいのが走ったんです(苦笑)。『やべえ、これ歯が折れたな』って思って、それが2ラウンド目で。3ラウンドやって判定負けして、控え室に戻って歯を触ってみたらアゴごと動くんですよ(苦笑)。
 相手の選手が控え室に挨拶に来て『恐かったです』って言ってました。きっと死ぬ気で練習したんでしょうね。周りには『ドクターに見せた方がいい』と言われたんですけど、負けたショックもあって『大丈夫、大丈夫』って勝手に彼女と帰っちゃいました。
 で、次の日に歯医者に行ったら『アゴが折れてる』って、そのままお茶の水の医科歯科大に緊急入院して手術しました。骨が2か所折れてずれちゃったんで、今でもアゴにチタンプレートが入ってます」

 プロ初黒星を喫し、勝負の厳しさを知り、KOUMAは気持ちを入れ替えた。
「周りには『負けた方がいい。負けを覚えないと強くならないから』って言われてましたけど、自分は『弱いから負けるんだろ』ぐらいの思いだったんですよ。でもそこで負けて、アゴを粉砕されて『やめようかな』とも考えたんですけど。やっぱちょっとテングになってたんで練習内容を変えて、試合までの調整も全然変えたし。ターニングポイントになりましたね。
 結構、今でもあの試合のことは思い出しますよ」






KING強介君となら熱い殴り合いができる
最終的な目標はムエタイの世界ベルト。自分なりのサクセスストーリーを作っていきたい。



 来たる4月27日(金)、東京・後楽園ホールで開催される「REBELS.55」では、REBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王座の初防衛戦に臨む。対戦相手は、ハードパンチャーで鳴らすKING強介。
「強介君は同い年で、同じ身長で、まあ体重も同じ、タイプも同じじゃないですか。西のKOUMA、みたいに思ってて(笑)。前回のREBELS.54は会場で見てて『面白い選手がいるな、ちょっとやりたいな』って思ってたんですけど、その時は別の選手とやるオファーがあったんであまり意識しないで『いつかやるんじゃないか』と思ってました。
 そうしたらすぐ組まれて(笑)。やっぱいいっスよね。
 前の試合(17年11月、M-ONE)では浜本キャット(雄大)君とやって判定負けしたんですけど、全然かみ合わなくて(苦笑)。正直、自分のパンチがバンバン入って、キャット君の顔もボコボコだったんですけどムエタイのポイント的なもので負けちゃったんで。それもキャット君のテクニックなんですけど、その場でソロバンを叩きながらサラリーマン的な試合されてちゃったな、って(苦笑)。
 強介君は大阪から出てきて『のし上がってやろう』っていう気持ちが前の試合でも伝わってきたし『倒れたら負け』で来ると思うんで、自分もそれに応えるような、変な駆け引きなしの熱い試合をしますよ。『今、ポイントを取ってるから足を使って下がろう』なんていうのはないと思うし(笑)、強介君とならお客さんを喜ばせる試合が出来ると思うんで」

 KOUMAは今、バイクショップの店長をしながら、朝・晩とハードトレーニングに明け暮れている。睡眠時間は4時間ほど。それでも「充実している」と笑顔を見せる。
「自分は練習する時はいつも一人です。ここはプロも僕一人なんで、朝はタイ人の先生とここで練習して、仕事をして、終わったら夜中に墓地の横にいい坂があるんで、一人でダッシュして追い込んでます。
 クロスポイント吉祥寺とか三ノ輪(ウィラサクレックフェアテックスジム本部)は『みんな仲良く』でやってますけど、リングの中は一人じゃないですか。(試合中に)セコンドが『相手、ボディが空いてるよ』なんて言ってもシカトです(笑)。先生には悪いですけど、現場で血を流してるのは自分なんで。応援に来てくれるお客さんも見えてなくて、自分は相手だけを見てるんで。
 自分は自分を信じてるんで。
 練習とかスパーリングはちゃんとムエタイの動きもするんですけど(笑)、試合になるとリングに放たれた獣みたいに本能で戦うんで。軍鶏(シャモ)とか闘犬ですよ。犬も人間の言葉なんて分からないんで。
 最近よく、会見で『ぶっ倒してどう』とか言う選手が多いじゃないですか。ガンガン行くっぽく言ってて、試合になると行かなかったり、なんかダイコン感あるんスよ(笑)。自分は論より証拠で、全部試合で見せるんで。
 自分にとっては今の環境も合ってるんでしょうね。選んだ環境じゃないから逆にいいのかもしれないです。自分の人生をそのまま導いてくれた感じのジムなんで」

 KOUMAは現在33歳。「終わり」を見据えながら、より大きな夢を描いている。
「やれるのはあと2、3年だと思うんですけど、最終的にはムエタイの世界ベルトに挑戦したい、っていうのはありますね。ウチのジムでは『WPMF』のベルトは特別なんで、WPMFの世界ベルト。もちろんラジャ、ルンピニーもやれるなら挑戦してみたいですよ。自分はトップレベルにどこまで通用するのか、っていう。これまでタイ人と2回やって、2回ともKO出来たんで『噛み合えばパンチが入るな』っていうのは分かったんで。
 ムエタイの世界ベルトを意識しながら、自分なりにサクセスストーリーを作っていきたいですね。やるからには上に上がりたいんで、今年は有名な選手ともやってみたい。
 今、KING強介君の試合に向けてめちゃめちゃ追い込んでますよ。仕事して、練習して、すごく楽しいし、ムエタイと出会って本当によかったです。充実してます」

プロフィール
KOUMA(こうま)
所  属:ウィラサクレックフェアテックス荒川ジム
生年月日:1984年12月17日(33歳)
出  身:東京都荒川区
身  長:163cm 体 重:55kg(試合時)
戦  績:15戦13勝(7KO)2敗、ラウェイ1戦1分
タイトル: REBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者、前WPMF日本スーパーバンタム王者

4.27 REBELS.55インタビュー

インタビュー

公開日:2018/4/3

聞き手・撮影 茂田浩司

良太郎、王者として臨む初戦
「REBELSの看板を背負わせて貰った以上、興行の力になるいい試合を見せたい」

 昨年11月24日のREBELS.53でおこなわれたREBELS-MUAYTHAIライト級王座決定トーナメント決勝戦で、強打のピラオ・サンタナ(メジロジム)からダウンを奪い、判定勝利を収めてベルトを巻いた良太郎(池袋BLUE DOG GYM)。
 良太郎がベルトを巻く姿を見て、セコンド、教え子、応援団の誰もが泣いた。良太郎自身「28年生きてきて、人生最良の日」とリング上で涙した。
 感動の戴冠劇から5か月、王者として臨む初戦はオランダの新鋭パスカル・コスター(オトマニジム)。良太郎はどんな戦いを見せようと思っているのか。千葉県鎌ケ谷市のteam AKATSUKIを訪ねた。






「チャンピオンになってから、よく会場で声を掛けられる。
特にKrushに行くとめっちゃ話しかけられますよ(笑)」



 昨年11月、念願のREBELS-MUAYTHAIベルトを巻いた良太郎。だが、その日常は以前と何ら変わりはなく、激闘のタイトルマッチの翌日から、今度は「指導者、トレーナー良太郎」として忙しい日々が待っていた。
「ベルトを取った週末から年内は毎週試合でしたよ(笑)。team AKATSUKI(良太郎が主宰する千葉県鎌ケ谷市のジム)は毎年大みそかも『蹴り納め』をするんですけど、今年は闘士さんの試合があったので(1・27 Krush、3・21 K-1)、三が日以外はずっと指導と練習です。もう慣れましたけどね」
 池袋BLUE DOG GYMやteam AKATSUKIの選手の試合には必ず足を運び、仲間や教え子のセコンドをしながら、他の有力選手の試合を欠かさずチェックする良太郎。会場に行くと以前と違う反応があったという。

「選手とか関係者はみんな顔見知りなんで『チャンピオン、おめでとう』って言われましたけど、REBELSでベルトを巻いてから会場で一般のファン、特にKrushではめっちゃ話しかけられますね(笑)。『僕はメイドインREBELSだけど、今日Krushなのに大丈夫?』って一度は断ります(笑)。普段の僕に話しかける勇気もすごいと思うんですけど(笑)、やっぱりREBELSの硬派なマッチメイクがキックのファンに届いているんだな、と思いますよ。こないだのREBELS.54(2.18後楽園ホール)は当日券売り場に行列が出来ててびっくりしました。ああいう光景を僕は初めて見ましたよ」
 梅野源治のルンピニー王座戴冠に期待して、後楽園ホールに詰めかけた観客の姿を、教え子の濱田巧(REBELS-MUAYTHAIスーパーフライ級リーグ戦参戦中)のセコンドとして目の当たりにして、改めてREBELSのベルトを巻けたことの喜びを噛み締めた。

「コツコツといいカードを組んで、地力を固めて、ああいう盛り上がりまで持っていくのは大変だったと思います。そのREBELSさんでずっと使って貰って、育てて貰ったのは本当にありがたいことですよ。だから、REBELSのベルトはどうしても巻きたかったんです。
 サンタナに勝って、ベルトを巻いた時は興奮よりも安堵ですね。『ベルトを取れる』と思って取りましたけど、山口代表を見て、泣いてるセコンドや教え子を見て『あ~よかった。これは負けてたらダメだった』って。

 昔、喧嘩をしてた頃は地元対他元(たもと)の抗争がある時、僕は地元メンバーの代表として出ていって、こっちは地元の先輩がいて、他元にはそっちの先輩もいる。あの空気感は嫌いじゃないんですよ(笑)。
 僕にとっては、人生において一番勝負をかけるポイントだったんで。ずっと勝ってきた選手じゃないし、だけど、REBELSさんで育てて貰って、最高のタイミングで組まれたトーナメントでしたから。僕は『最終的に自分は何を望むか』で、一番欲しいものを取れることが大事だと思ってるんで。それがサンタナという最高の選手が反対ブロックから上がってきてくれて、最高の舞台で戦って、勝って欲しかったベルトを取れた。山口代表やうちの会長や、いろんな人たちの期待に応えられて本当にホッとしました」






怪物サンタナの強打に耐えた裏には、緻密な練習計画と
「4ラウンドまで行けば」という自信



 昨年のインタビュー(【REBELS.53】「元藤ジム内弟子。現在、選手兼トレーナー兼チーム代表」良太郎(池袋BLUE DOG GYM所属、team AKATSUKI代表)インタビュー)で触れたが、REBELS参戦以前の良太郎は練習環境が悪く、黒星先行の選手だった。
 だが、池袋BLUE DOG GYMに移籍し、team AKATSUKIの代表として活動を始めると、REBELSを主戦場にコンスタントに試合経験を積み、実力で頭角を現した時にライト級王座決定トーナメントが始まった。とはいえ、決勝戦の相手は強打で鳴らすピラオ・サンタナ。過去最強の相手であることは間違いなく、良太郎はサンタナを研究し、サンタナに勝つために、それまでの練習方法を一新し、タイトルマッチに勝負をかけた。

「初めて『マイナス』の練習をする計画を立てて、その通りに出来たのは僕にとっていい経験になりましたね。
 サンタナに対して『あれもやって、これもやって』という練習をしていたら、多分、僕は勝ててないです。サンタナに対してはワンツー、前蹴り、ヒジだと使う技を絞って、試合でやることだけを練習したんです。他の技は練習でも極力省いてました。ミドルを蹴ったって、絶対に大振りのパンチを合わせられるんで。
 これまではどんなにオーバーワークだろうが『必ずこれをやる』って決めて、試合まで1日2部練、3部練をやってました。10代や20代前半の選手ならそれでいいと思うんですけど、僕もあの時は28歳ですけど、量よりも1回の練習の質を高めることにしたんです。これまでひたすら『量』をこなす練習をして試合に臨んでいたんで多少の怖さはありましたけど、3部練をする日も昼がフィジカルなら夕方はがっつりミット、夜は対人多め。メニューを細かく変えてやりました。
 みんなにも言ってるんですけど、スパーの時、最初は自分の力を誇示したくて『そいつをぶっ倒す』でもいいですけど、スパーの相手と試合をやるわけじゃないんで。スパーでは多少打たれようが『試合でやる動き』をハメていく。そうすればガチスパーの数はそんなに増えないし、スパーで繰り返した動きが試合で出るようになる。
 とにかく練習では欲張らないで、サンタナに勝つためだけの練習に絞って、それが試合で出来ましたね」

 サンタナは大振りのフックで距離を詰め、接近すると良太郎のガードの隙間を狙ってアッパーを打ち込んだ。何発か被弾し、唇は腫れあがったが意識を断ち切られることはなかった。

「試合前に想定したサンタナのパンチが『金属バットでぶん殴られるぐらい』だったんで(笑)。アゴにさえ直撃されなければ大丈夫だろうと思ったし、実際にガードの上から喰らってみたら想定内でした。試合の後、みんなに『よく死ななかったね』と言われましたけど(苦笑)。
 驚いたのはミドルを蹴った時です。1発目のミドルで自爆した感じになって、一瞬『変なところを蹴ったかな?』と思ったんですけど、2発目で分かったんですよ。『コイツの体が強いんだ!』って。骨格がしっかりしてて、いいところに蹴っても自分の足が痛くなる。元々ミドルを蹴るつもりはなかったんで、ミドルは捨てて、前蹴りに切り替えました。
 見えなかったのは1発目のアッパーです。一瞬、すごいしゃがんで溜めたんで『何してくるんだ? 回り込んでくるのか?』と思ったら、足元からガードの隙間を目掛けてガチン、とアッパーを打ち込んできた。あれ『はじめの一歩』のガゼルパンチですよ(苦笑)。一発で鼻を持っていかれて(苦笑)あれは痛かった」

 ただ、良太郎にはサンタナの放ったアッパーに見覚えがあった。MMA出身のサンタナならではのパンチなのだという。

「KIDさんが得意な、MMAの選手特有のアッパーなんです。MMAの選手のミットを持つと、彼らはストレートやフックよりもアッパーの方が強く打てます。レスリングとか組み技をやってて、広背筋が発達してる選手は特に教えなくても強く打てるんです。だから、あのアッパーはサンタナが得意としてきたパンチなんでしょうね」

 サンタナの強打をガードしつつ、要所では前蹴り、ワンツー、組みついたらヒジ。少しずつ、コツコツとサンタナの体力を削っていき、迎えた勝負の4ラウンド。良太郎は渾身のワンツーでサンタナからダウンを奪う。
 このダウンも「想定通り」だった。

「教え子たちには『4ラウンド目にダウンを取るから』って言ってました。予知夢じゃないけど、上の選手たちには試合のイメージが見えて、実際にその通りに進むというのがあるんですけど、僕も今回はそんな感じでしたね。
 本当に『これは僕のためのトーナメントだ』と思っていたし『絶対に4ラウンドで倒せる』っていう自信もあった。僕は元々全日本キックを見てた人間で『ちゃんと練習してる人、がっつりと基礎のある人と、そうでない人の差が出るのは4ラウンド目だな』というのが分かってたのもありますけどね。スタミナと練習量には絶対的な自信もあるんで、見に来てくれる人にも『4ラウンドまで引きずり込めたら自信あるから』って。ただ『ダウンを取った後も、いつものバチバチは期待しないでくれ』とも言いましたよ(笑)。今回はとにかくベルトを取りに行くんで、一か八かの殴り合いをするんじゃなくて最後まで自分の作戦をきっちりと遂行しないと。相手がサンタナですから一発でも貰ったら終わるんで。
 ただ、やってる時は爆弾処理の感覚で楽しかったですよ(笑)。『こんな馬力のあるパンチをどう貰わないようにすればいいんだよ』と思いながら、実際に3回ぐらい爆発させちゃいましたけど(苦笑)」






王者としての初戦、パスカル・コスターに
良太郎はどう戦うのか?



 REBELS.55での対戦相手はパスカル・コスター。所属するオランダのオトマニジムは、良太郎にとって馴染み深いジムだ。
「Facebookでオランダの遠藤さんと繋がって、ある時『オトマニジムの選手が日本で試合するからヘルプしてくれないか』と頼まれたんです。それがK-1で大雅とやったソフィアン・エラージで、オランダだと体重が軽すぎて相手がいないんです。大雅との試合も下手したら3キロアンダーぐらい。フライ級の選手ですけどすげえ強かったですよ。
 で、試合当日にヘルプに行ったらトレーナーの巻いたバンテージがクソ下手で(苦笑)。オトマニの会長が『どうしようか?』となって、俺やるよ、って巻いたら気に入ってくれて。それ以来、オトマニの選手が来ると僕はバンテージを持参して巻いて、アップを手伝って、と全部やります。ギャラ?オトマニのTシャツをくれますよ(笑)。バンテージは僕が用意しているんで、大赤字ですけどね」

 王者になっての初戦。相手はオトマニジムのパスカル・コスター。
「オトマニの選手はみんな会っているんですけど、パスカルだけは知らなかったです。移籍組らしくて、元々オランダでテコンドーか何かで5回優勝してて、基礎はルシアン・カルビンさんのジムでやったみたいです。今、オランダはエンフュージョンという団体が勢いがあって、それでオトマニに移籍したらしくて。
 パスカルは典型的なオランダのキックボクサーですね。左右両方出来て、時折回転系の技を混ぜて、守りはブロッキング。フィジカルで1、2はガンガン押して、3でガス欠を起こす。
 5ラウンドなら…、僕は結構「5で」と押したんですけどね(笑)。僕のスタイルで3ラウンドだと、エンジンが掛かるぐらいで終わってしまうんですよ。かといって、5ラウンドタイプの選手が3ラウンドにアジャストしようとして、1ラウンド目にポカするパターンを死ぬほど見てきたんで(苦笑)。
 今回もいつものように体を仕上げて、毒を刺せるところは刺して、仕留められたら、と思ってます。『最初からガンガン行きます!』とは言わないですよ。ヤツらは1ラウンドはものすごく元気ですからね(苦笑)。ヤツらの思惑通りになっちゃうんで。
 サンタナとの試合の経験は大きいですよ。カッとなって、バチバチに殴り合う試合じゃなくて、使う技を絞って、プラン通りに進めて、勝負どころで勝負する。パスカルとの試合も、そんな風に、ベルトに見合う試合、REBELSという硬派な興行で、興行の力になれるような、いい試合を出来れば、と思ってますね。
 あとは、スーパーフライ級リーグ戦に参戦させていただいてる濱田巧(team AKATSUKI)がいかに普段通りの試合をするか(苦笑)。本人は否定しますけど、前回のREBELS.54は超満員の後楽園ホールの雰囲気に飲まれていつもの試合が全然出来なかった。  僕ももちろん頑張りますけど、濱田巧のこともぜひ応援してあげてください。アイツが普段の力を出せば、絶対に盛り上がる試合になりますから」

プロフィール
良太郎(りょうたろう)
所  属:池袋BLUE DOG GYM
生年月日:1988年12月21日(29歳)
出  身:千葉県柏市出身
身  長:178cm、体重:61kg(試合時)
戦  績:25戦11勝(4KO)10敗4分
タイトル: REBELS-MUAYTHAIライト級王者、TRIBELATEライト級王者

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