KING強介(ロイヤルキングス)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/29

聞き手 茂田浩司
写真提供 KING強介

試合11日前に第4子誕生! 「また、負けられない理由が出来た。宮元啓介選手には沈んで貰います」

 8月3日、東京・後楽園ホールで行われる「REBELS.57」では、格闘技ファン垂涎の好カードが実現した。長く地方で活躍した後、昨年からREBELS(レベルス)に参戦しているKING強介(きんぐきょうすけ)と、55㎏級の日本トップ戦線で好勝負を連発している実力者、宮元啓介(橋本道場)の1戦である。
 KING強介が自慢の強打で倒してしまうか、宮元啓介がこの階級屈指のタフネスで耐え抜き、無尽蔵のスタミナで圧倒するか。
 熱心なキックボクシングファンとして知られ、REBELSを欠かさず観戦している漫画家の森恒二先生(「ホーリーランド」「自殺島」「創世のタイガ」)は「この試合は面白い!これは裏メインですよ!」と大いに期待をしている。
 早速、KING強介に連絡を取り、試合に向けた意気込みを聞こうとしたところ、KING強介の第一声は「産まれました!」。
 産まれた……?






予定日より早い出産。
「試合と重なってしまう心配もあったので、これで試合に専念できます。親孝行な子です」



 「こういうタイミングって重なるものですね……」
 平成最後の夏の出来事を、KING強介はおそらく生涯忘れることはないだろう。
 「爆腕ビッグダディ」KING強介には、すでに3人の子供がいるが、この夏、第4子が誕生することとなった。問題は、出産と、8月2日の計量、8月3日の試合が重なる心配が出てきたことだった。

「予定日は7月29日でした。嫁さんのお腹がだいぶ大きくなって、お腹の中で3700グラム越えていたんで、病院で『予定日前に出てくるんじゃないですか?』って言われたんですけど、こればっかりは分からないですからね。嫁さんが出産で3、4日入院している間、あとの3人の面倒は僕が見ることになるんですけど、8月2日は朝から移動して東京で計量(吉祥寺第一ホテルでの公開計量)、8月3日に試合ですから。もし、それと重なってしまったらどうしようか。一時は、僕が3人の子供を連れて東京に行くことも覚悟しました(苦笑)。
 知り合いは『預かるよ』って言ってくれるんですけど、3人まとめてお願いしないといけないですからね(笑)。僕が面倒を見てても大変で、フラフラになる時もあるのに(苦笑)、3人まとめて面倒を見てほしい、となると気軽に頼めないですし。どうしようかなって心配してました。
 でも、試合の時って、不思議といつも何かしらと重なるんですよねぇ」

 きっと、パパとママの心配を察したのだろう。
 お腹の子は予定日より1週間早く、7月23日に無事に産まれてきた。生まれながらにして親孝行な子供なのだ。
 KING強介からは、自宅で4人の子供たちと撮った写真が送られてきた。

「5歳の長男が海琉(かいる)、3歳の次男が琉輝(りゅうき)、1歳の長女が琉美南(るみな)、次女がこれからです(笑)。
 予定日より早く産まれてきてくれたら助かるな、とは思ってたんですけど(笑)。末っ子なんで、こちらの都合とかは関係なく、勝手に産まれて来るのかな、って思ってたら、1週間早くて親孝行です(笑)。これで試合に集中できますし、また、負けられない理由が出来ました。
 試合の方も、どうしても越えないといけない場所。本当にキックも、プライベートも、両方とも高い山ですけど、同じタイミングでこうも立て続けに来るんですね。
 試合は待ってくれないですし、コンディションを上げて『必死のパッチ』(*関西エリアでの「一生懸命」の最上級語。はてなキーワードより)で頑張っていきます」

 8月3日(金)「REBERLS.57」のセミファイナルに組まれた「KING強介vs宮元啓介」は、強介にとってまさに長く待ち続けたビッグチャンスなのである。






以前は「ベルトを獲った、その先」がなかった
今、REBELSでは次のステージが用意されて、モチベーションは最高潮に上がっている



 KING強介がキックを始めたのは26歳。ずっと格闘技が好きで、やってみたいと思っていたが、近くにジムがなく、格闘技を始めるチャンスがなかった。ロイヤルキングス総帥、KING皇兵と出会い、キックを1から教わり、27歳でプロデビューを果たす。
 以来、いくつかのタイトルを獲り、今年2月、待望のREBELS初参戦を果たす。

 強介は「西からREBELSのリングを荒らしに来ました!」と宣言すると、長くREBELSの軽量級を牽引してきた炎出丸(クロスポイント吉祥寺)と対戦。タフで鳴らす炎出丸に得意の右の強打を浴びせて2度のダウンを奪い、大差を付けて判定で勝利した。
 さらに、4月のREBELS.55では、こちらも強打に定評のあるKOUMA(ウィラサクレックフェアテックスジム荒川)の持つREBELSーMUAYTHAIスーパーバンタム級タイトルに挑戦。「殴り合い上等」のKOUMAは真正面から打ち合いを仕掛けたのに対し、強介は左フックのカウンターを狙い、すぐさま組みついてKOUMAの追撃を封じる。ペースの掴めないKOUMAが強引に前に出たところに、強介の左フックがKOUMAのアゴを打ち抜き、ダウン。ふらつきながらも立ち上がったKOUMAに、強介はパンチの連打を浴びせて2度目のダウンを奪うと、レフェリーは試合を止めた。濃密な3分間の攻防を制し、KING強介はREBELSのチャンピオンベルトを巻いた。

「REBELSさんに参戦して、2戦目でタイトルマッチをやらせて貰えたことにまずびっくりしましたし、KOUMA選手のパンチが強いのも本当にびっくりしました(苦笑)。ただ、KOUMA選手が『パンチが強い』ということは前から聞いてたので、想定内といえば想定内。パンチとタテヒジをまぜて攻めてくるイメージで、実際にヒジで切られてしまいました(苦笑)。
 『KOUMA選手の入り際の隙を狙う』のは作戦でした。KOUMA選手は踏み込んでパンチを打ってくる時にガードが空くんで、そこにドンピシャで左フックを合わせられました。作戦が上手くハマって、あのカウンターを決められたのはちょっと自信になりましたね(笑)」

 試合後、強介は「REBELSのリング」での戦いに対する反応に驚いたという。

「自分のことを知って貰えるようになったんだな、と実感してます。知名度が上がりましたし、気にして貰えることが多くなりましたね。地方で試合してるのとは全然違いますよ。ベルトを獲ろうが何しようが、全然知られなかったのに(苦笑)」

 KOUMAvsKING強介の反響は、YouTube「REBELS TV」の再生回数にも現れている。梅野源治や小笠原瑛作の試合は別格として、KOUMAvsKING強介はすでに1万回に迫る勢いで、他の試合動画と全く違う伸びを示している。

「REBELSさんで2試合しただけですけど、SNSで名前を出して貰っていたり、少しずつ『KING強介』がファンの方々に名前を知られてきた実感があります。やっぱり頑張りがいがあるし、やる気が出ますよ。『もっと東京で結果を残したい』という気持ちも前より強くなってますね」

 KING強介のモチベーションを大いに刺激することがもう1つある。それは、REBELSの山口代表のマッチメイクである。

「僕はこれまでにもチャンピオンベルトを獲ってきましたけど、ベルトを獲っても『その次』が見えなかったです。チャンピオンになっても何の発展もなくて『これから』の話もない。ベルトを巻いて『え、今後はどうなるんやろう?』って(苦笑)。
 それが、REBELSさんではベルトを獲ると山口代表が『次のステージ』を用意してくれている。これでもっとやる気が出ましたし、モチベーションはものすごく上がってますね」

 チャンピオンのKING強介に、今回、山口代表が用意したのが55㎏級で日本のトップクラスと戦い続けてきた実力者、宮元啓介(橋本道場)との対戦である。
 このマッチメイクに、強介の闘志はさらに燃え上がった。

「僕の人生のターニングポイントで、重要な1戦です。こんなにどんどんチャンスが貰えるなんて、去年の今頃は全然考えられなかったですよ。
 宮元選手は必ず越えなければいけない相手だと思ってます。ここを越えないと、キックボクサーとしての僕に先はないです。今は『絶対に越えないといけない』という思いだけで、宮元選手しか見えてない。その先なんて何も見えてないです」

 宮元啓介の過去の対戦相手は、那須川天心、小笠原瑛作、小笠原裕典、江幡塁、高橋亮ら55㎏のトップクラスがずらり。中でも、昨年12月のKNOCKOUTでの江幡塁戦は宮元の驚異的なタフネスぶりをキックファンに知らしめた。

「宮元選手は本当にタフですね。我慢強くて、まったく表情に出ない。江幡戦の映像を見ましたけど、すごくいい攻撃を貰っているのに絶対に前進をやめないんですね。鬼気迫るものを感じたし、宮元選手の中には『死んでもいい』みたいな気持ちがあるのか。映像を通しても伝わってくるものがありました。
 僕とすれば前半勝負で1、2、3ラウンドで倒さないと。4、5ラウンドになると宮元選手がバケモノみたいに出てくるので(苦笑)。ただ、練習は5ラウンドまで戦うことを想定してやっていますよ。
 でも、5ラウンドを通しての削り合いになれば、宮元選手が上でしょう。試合をイメージするんですけど、イメージすればするほど4、5ラウンドで削られまくってる自分が浮かんでくる(苦笑)。ガードも固いので、さあどうしましょうか、って毎日悩みながら練習してます。
 この試合は、僕にとって絶対に負けられない戦いですよ。チャンピオンになって、REBELSさんの看板を背負わせて貰って一戦目。それで、これだけ素晴らしい選手が揃ってる中で、僕と宮元選手の試合がセミファイナルですから。山口代表に期待されているのが分かるし、必ず期待に応えたいですね」

 強介には、恵まれない練習環境の中でも結果を出して、のし上がってきた「叩き上げ」の意地とプライドがある。

「以前は、週2回しか練習日がなかったんですよ。だから、それ以外の日は走ったり、シャドーしたり自主練です。トレーナーもいないので、自分で考えて。今考えると、よく週2の練習で勝ってこられましたよね(笑)。
 今は、本当に練習環境が良くなって、週5、週6で練習できるようになりましたし、いろんな人に協力して貰って、スパーで本番を想定した実戦的な練習が出来ています。仕事して、練習して、練習が終わるとしばらく疲労と脱水で喋ることも出来なくなりますけどね(苦笑)。だから、練習中は集中力を切らさないようにやってます。
 最後は『気持ち』ですね。ずっと気持ちだけで戦ってきましたし、練習環境が良くなった今も『気持ちだけは負けんとこ』っていうのはずっと思っていますね。
 宮元選手との試合は、確実に、どう転んでも激闘になるでしょう。宮元選手は絶対に下がらないですし、僕も倒さないと勝てないと思ってるので攻めていきますから。今、フィニッシュブローを磨いてて、それが決まれば倒せると思います」

 KING強介には、他の選手にはない「ハングリーさ」がある。

「僕は、ずっと地方で、誰にも注目もされなかったですけど地道に頑張ってきて、やっとREBELSさんで大きなチャンス貰えました。チャンピオンになってから『その先』のステージがあるのも嬉しいですし、もっともっとREBELSを盛り上げたい。そうして、僕ももっと知られるようになりたい。
 だから、宮元選手にはリングに沈んで貰います。インパクトを残す試合をして『KING強介』を格闘技界で知らない人はいないぐらいの存在に持っていきます。
 そういえば、炎出丸選手のインタビューを読みました。僕が炎出丸選手に火を付けた? 嫌ですよねー。ずっと追いかけてきたんで、逆に追いかけられることに慣れてないんです(苦笑)。だけど、僕の存在がREBELSさんの活性化につながってるなら、本当に良かったですね。
 宮元啓介選手との試合は必ず『見に来てよかった!』と思って貰える激闘になりますし、最後は僕、KING強介が勝って、REBELSをもっと盛り上げていくんで。8月3日は、ぜひ後楽園ホールで応援をよろしくお願いします」

プロフィール
KING強介(きんぐ・きょうすけ)
所  属:ロイヤルキングス
生年月日:1984年6月6日、34歳
出  身:兵庫県神戸市出身。
身  長:163cm 体  重:55㎏(試合時)
戦  績:29戦15勝(8KO)13敗1分
REBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者

炎出丸(クロスポイント吉祥寺)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/27

聞き手・撮影 茂田浩司

クロスポイント最古参、「吉祥寺の闘将」炎出丸(ひでまる)。
プロ14年目の覚醒と、強い思い。
「いずれ、KING強介を負かしたい」

 日菜太、不可思、T-98(たくや)、小笠原瑛作ら、トップキックボクサーを次々と輩出するクロスポイント吉祥寺。この最強軍団の最古参にして、プロ選手たちのまとめ役を務めるのが炎出丸だ。
 プロ14年目の35歳。キャリアは終盤に差し掛かっているが、今も「強さ」を追い求めて、日々、試行錯誤している。
 REBELS.57(8月3日、後楽園ホール)では韓国王者パク・チャンヨンと激突。今回でプロ60戦目という節目を迎えた炎出丸に現在の思い、キックボクサーとして見据える「ゴール」を聞いた。






何もない状態だったクロスポイント吉祥寺。
現在は充実した環境でトレーニングに打ち込む



 今年4月、大幅なリニューアル工事を経て、クロスポイント吉祥寺の2階は「トレーニングキャンプ吉祥寺」に生まれ変わった。
 日本では珍しい自走式のトレッドミル=スキルミルを導入し、ウェイトトレーニング、ファンクショナルトレーニング、ケトルベル、パワーMAXなど、あらゆるトレーニング設備を兼ね備えており、炎出丸もここでトレーニングに汗を流す。

「すごく充実してますし、トレーニングの中身が本当に変わりました。昔は『必ず走らなきゃいけない』って先入観がありすぎて、毎日ロードワークをしてましたけど。ただダラダラ走っていてもキックはそういう競技じゃないですからね(苦笑)。『何のために走るのか』を考えて、今はただのロードワークは辞めました。キックボクシングという競技に必要なダッシュをしたり、ここ、トレーニングキャンプ吉祥寺でスキルミルやパワーMAXを使って、短時間で効果的なトレーニングをしてます。すごくきついし、パワーMAXは毎回吐き気がすごくて大変ですけどね(苦笑)」

 炎出丸は20歳でキックボクシングを始めた。ワイルドシーサー沖縄に所属し、2005年4月、22歳でMAキックの新人王トーナメントでプロデビュー。この時の対戦相手は山木ジムの原島佑治。この名前を聞いてピンと来た人は「REBELS通」と言えるだろう。REBELS.57の第一試合に出場する、テッサイジムの「原島モルモット佑治」である。

「今も、顔を合わせると『あ!』と思いますよ(笑)」

 現・原島モルモットとは本戦ドローも延長で勝利。続くトーナメント2回戦も勝利したが、準決勝の相手を見て、炎出丸は「勝てない」と思った。

「背が高くて、キャリアもあって『このままだと勝てない。東京に出て、本気でキックをやろう』と思いました。それで2005年9月に東京に出てきて、クロスポイント吉祥寺に入ったんです」

 クロスポイント吉祥寺は2001年3月にオープン。まだ現在のような設備は整っていなかったが、プロ育成に力を入れているジムだった。

「最初の頃は他でアルバイトもしてたんですけど、その頃から山口代表は『プロ選手はみんなインストラクターとして一般会員さんを教えながら、試合のファイトマネーだけで食える形に』と言っていて、そういう形を作っていったんです。俺も、月イチぐらいでバンバン試合を組んで貰ったんで、20代の半ばにはキックだけで食えるようになっていました。
 山口代表によく言われてたのは『一般会員さんを増やせば、インストラクターの仕事も増える。他でアルバイトするよりも移動時間がないし、練習が終わったらそのまま指導に入れる。会員さんが増えたら練習環境にもっと投資できるから』と。そういう話を聞いて『自分の環境は、自分で作らないといけない』という意識にもなりましたね」

 現在、REBELSのスポンサーをしている株式会社エム・ティ・エムは、炎出丸が偶然、社長と知り合ったのが縁となった。

「ロードワークをしてたら、犬の散歩に来てたエム・ティ・エムの社長さんに井の頭公園で声を掛けられたんです(笑)。そのことがきっかけで会場に来てくれて、会社ぐるみでREBELSを応援してくれるようになったんです。今では厳しいことも言ってくれる、ちょっと上の兄貴みたいな存在です。
 人と人がつながったり、紹介して貰ったりして、いろんな人に応援して貰うようになりました。プロ選手なら『キック1本で食いたい』と思うし、それは間違っていないと思いますけど、外に出て、会員さんと触れ合ったり、社長さんと話したりすることも大事じゃないかって思います。大変でしたけど、社会人としてもいい勉強になりましたし」

 クロスポイント吉祥寺の会員数は年々増加し、それに伴い、練習環境もどんどん良くなっていった。
 タイ人トレーナーが常駐するようになり、ジム全体でフィジカルトレーニングに取り組むのも早かった。

 山口代表は言う。
「炎出丸、T-98(タクヤ)、小笠原瑛作らプロ選手にはかなり早い段階からフィジカルトレーナーを付けて、パーソナルトレーニングをやらせていました。トレーニング設備がないので外のジムに行かせましたけど『これをジム内でやらせたい』と思って、それが実現したのがトレーニングキャンプ吉祥寺なんです。
 高い技術を持つプロ選手が、インストラクターとして一般会員さんに丁寧に、分かりやすくテクニックを教えたり、体力増進のためのトレーニングを教えて、それが評判になって会員さんが増えて、利益は練習環境に投資する。環境が良くなればプロ選手は試合で結果を出せるようになって『クロスポイント吉祥寺』『REBELS』の評判が上がり、また会員さんを呼び込める、という良い循環が作れるんです。
 トレーニングキャンプ吉祥寺はそうしてやってきたことの一つの集大成ですけど、僕の理想とする環境はもっと先にあります。これからもどんどん練習環境に投資して、選手を強くしていきますよ」

 炎出丸自身、練習環境が整い、強いプロ選手たちと日々、切磋琢磨して力を付け、2011年にはJ-NETWORKスーパーバンタム級暫定王座を、2013年にJ-NETWORKスーパーバンタム級王座を獲得する。

「今のクロスポイント吉祥寺は(小笠原)瑛作も、潘(隆成)も、T-98(たくや)も、プロ選手はみんなよく練習するんで、下の若い子たちはその背中を見れるから大丈夫かな、と思います。ただ、今の環境は当たり前じゃない、ということが分かってるヤツは少ないかもしれないですね。
 俺は、まだクロスポイント吉祥寺に何もないところから始めてるから、今でも『どうやったらもっと強くなれるか?』を自分で考えて、いろんなことを試してます。それがあったから今があると思うんで。若い選手には『とにかく量をやっておけよ』とか、気づいたことは言うようにしてます。けど『恵まれた環境が当たり前になってて、自分で考えなくなってるのかな?』と思う時もありますね」






KING強介のハングリーさを見て
「アイツを負かしたい、と思った」



 炎出丸は5年前から「能力トレーニング」に励んでいる。ボクシングの村田諒太で有名になった「ビジョントレーニング」を始め、様々な方法で脳を刺激し、活性化させるトレーニングである。

「目から情報を取り込むスピードを速くしたり、脳でその情報を処理する速度を上げたり。速読とか、いろいろなことをやって、僕はプロスポーツコースに通ってるんですけど、テニスとか競艇の選手がいてやっぱ凄いですし。その時間にいけなくて、別の時間に行くと子供とか普通の主婦のおばさんに能力テストで負けたり(苦笑)。それでムカついて、家でもやるようになりました。
 集中力はかなり上がりましたし、指導する時も役立っていますよ。ジムに人が多くなっても、色々と回せるようになってきて。
 アメリカでは学校でやってると聞くし、これから当たり前になっていくんじゃないですか」

 能力トレーニングの成果は、試合にも現れている。
 昨年11月のREBELS.53で、炎出丸は当時4連続KO勝利中で絶好調だった国崇(ISKA&WKAムエタイ世界フェザー級王者)と対戦。前半は国崇のローキックで左足の太ももが紫色に変色するまで攻め込まれたものの、コツコツと削り、後半は圧倒。結果、炎出丸が判定で勝利した。

「すげえ蹴られたのは覚えてるんですけど『痛い』と意識した瞬間、集中力が散漫になると思って『ダメだ、国崇さんに意識を集中しよう』って、足の痛みは意識しないようにしたんです。
 あの試合はすごく集中できて、最初は国崇選手の得意なヒジと飛び膝蹴りに気をつけてたんですけど、途中で『絶対に貰わないな』と思いました。
 試合が終わって、判定で勝って、ホッとした瞬間に足に痛みを感じて歩けなくなってしまったんですけど(苦笑)。それまではまったく『痛み』を感じないぐらい、国崇選手だけに集中していたんです」

 ただ、この「集中力」のコントロールは極めて難しく、今年2月のREBELS.54でのKING強介戦では上手く集中できなかった。

「梅野選手のタイトルマッチ(ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦)で後楽園ホールが超満員になったのを見て『これは俺が一肌脱いで盛り上げてなきゃ』って(苦笑)。対戦相手に集中しなきゃいけないのに、余計な情報に気を取られてしまって、それが出来ていなかったんです」

 炎出丸は、強打を誇るKING強介と正面から打ち合い、ダウンを喫した。終盤は追い上げたものの、判定負けを喫した。
 この1戦で会場は盛り上がり、炎出丸には満足感もあったという。

「年齢のこともあって『どこで自分はやり切れるか?』とか色々と考えていた時で、KING強介と打ち合って、ダウンは取られて負けましたけど、どこかで『やり切った感』もあったんです。でも、周りの近い人たちの反応は悲しんでて。『やっぱ勝つところが見たいんだな』って」

 さらに、炎出丸を刺激したのはその後のKING強介の戦いぶりだった。「西からREBELSを荒らしにきた」と宣言したKING強介は「門番」炎出丸を退けると、今年4月のREBELS.55ではREBELS-MUAYTHAIスーパーバンタム級王者KOUMAに挑戦。
 強打を誇るファイター同士、壮絶な打ち合いが予想されたが、KING強介はKOUMAの強打をかわし、狙いすましたカウンター一撃。これでKOUMAをKOし、REBELSのチャンピオンベルトを奪い取った。

「強介は本当にハングリーで、KOUMAにも冷静に勝ちに行ったじゃないですか。あれを見て『アイツを負かしたい!』っていう気持ちが純粋にわきあがってきたんです。俺は1戦1戦勝ち抜いて、KING強介と再戦したい。目標が明確になりましたね」

 炎出丸は今「充実しています」という。

「人のアドバイスを聞きながら、色々と考えて試してます。クロスポイント吉祥寺では不可思と話すことが多いですね。アイツは感性が鋭いんで。だからセコンドも頼んでいます。
 2年前から食事を改善してます。それまでちょこちょこ怪我したり、ニンニク注射とか整体とかもよく行ってたんですけど、体の回復が早くなって全然行かなくなりましたし、風邪をまったく引かなくなったんです。フィジカルトレーニングで、少しずつ『どう作っていけばいいか』も分かってきて、今、すごく充実してます。
 能力トレーニングで集中力が上がっていることも実感してますけど、ここはまだ波があるんです(苦笑)。試合結果を見ても、宮元(啓介)戦、国崇戦はゾーンに入ったんですけど、KOUMA戦とKING強介戦は入らなくてダメでした。集中力のスイッチを探してて『こうしたら入りやすい』とかまだ色々と模索してます。本当に脳力、頭の方は限りないんで。
 今、俺は『KING強介に勝って、現役を終わること』を考えています。でも、その時に自分の感覚、感性が上がっていたら『もう1個上を』と思うかもしれないし。もっと若ければ、もっと色々なことを考えているかもしれないですけど。
 今の練習環境は本当にありがたいです。今度のパク・チャンヨン戦でもしっかり集中して、結果を出して、KING強介と再戦できるところまで上がっていきたいです。ぜひ会場に来て、応援をよろしくお願いします」

プロフィール
炎出丸(ひでまる 本名:大城秀幸)
所  属:クロスポイント吉祥寺
生年月日:1982年10月4日生まれ、35歳
出  身:沖縄県中頭郡
身  長:167cm
戦  績:59戦28勝(5KO)23敗8分
元J-NETWORKスーパーバンタム級王者

ピエトロ・ドウリャ(オトマニジム/道場ドウリャ)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/23

梅野の対戦相手として急浮上したピエトロ・ドウリャ。
2016年にレベルス初参戦で不可思と激闘の末にドロー判定。3か月後の再参戦では裕樹に判定勝利。それ以来2年ぶりのレベルス参戦だ。
そのドウリャに近況を訊いた。

―― 2年ぶりのレベルスですね。
ドウリャ 17年1月にオファーを頂戴してたのですが、練習中に眼球に傷を負ってしまい医者からしばらくの打撃練習の中止と手術の必要性を言われました。せっかくのチャンスでしたのに泣く泣くキャンセルしました。山口会長には大変ご迷惑をかけてしまいました。ですから今回のオファーはとても嬉しい。即座に快諾しました。

―― 眼球の方は大丈夫なのですか?
ドウリャ 大丈夫です。手術ですっかり傷も完治したので問題ありません。

―― コンディションは?
ドウリャ まったく問題ありません。ケガもありませんし体調は最高です。現在64㎏ほどです。あと10日もありますし契約体重まで落とすのも何の問題もありません。

―― そういえば自前のジムも立ち上げましたよね。
ドウリャ 規模は大きくありませんが個別指導を中心としたジムです。プライベートレッスンとか少数グループへの指導が中心です。なので自分自身への練習は変わらずにオトマニジムでトレーニングしています。

―― 5月にはA1の世界タイトル認定戦で王者になりましたね。
ドウリャ 2014年春先からA1では3大会を通して32名のトーナメントを行い優勝しました。今回はそれの世界タイトル認定戦ということで王者になりました。今後はでフェンダーとしてタイトル防衛戦をしなければなりません。頑張ります。A1は以前K-1Maxに参戦していたアリ・グンヤーが開催している大会です。



写真撮影時には「不可思とはドローだった。だから互いに決着がついてない。不可思がknockoutでチャンピオンになって、私が梅野を倒したらREBELSのリングで私との決着をやろうではないか」
「梅野。パワーの違いをみせてやる」との発言も。


―― 今回の相手となる梅野選手のことは?
ドウリャ もちろん知ってますよ。彼は本場のムエタイのベルトを巻いてましたからね。トップの実力者であることはよく承知してますよ。彼の試合映像をみながら色々と研究しましたよ(ニヤリ)。

―― いろいろと分析を?
ドウリャ 梅野は素晴らしい選手です。王者の風格があります。彼のスタイルは好きです。僕との試合はかなり噛み合うだろうと思っています。パワーで僕の方が一枚上じゃないかなと思っています。

―― 試合運びは?
ドウリャ そのときそのときの場面で対応は変わりますね。梅野もそうでしょうが僕も引き出しが多いです。そして5Rマッチですから集中力とスタミナが重要ですね。ミスした方が負けるでしょう。

―― 具体的なことは言えませんか?
ドウリャ はははは。僕もコーチのサイドも梅野の分析は終えてます。彼がどういう選手なのかはよく把握しています。それをもとに対策も立てています。きっといい試合になりますから。もちろんKOファイトを目指しますから。彼は僕より背が高い。身長差はアドバンテージになりますが、ま、それはそれです(ニヤリ)。

―― 日本は猛暑です。
ドウリャ それも知ってます。なのでオトマニジムも窓を閉め切って練習しています。いろいろと対策を実行しているということです(笑)。

―― 勝利確信は?
ドウリャ もちろんあります。梅野に勝てば僕の存在は日本でかなり面白い位置になると思っていますしね。きっちりとやりますよ。

プロフィール
ピエトロ・ドウリャ
所属:オトマニジム/道場ドウリャ
生年月日:1986年10月26日、31歳
出身:スリナム
身長:170cm
戦績:Aクラス戦績25戦19勝4敗2分8KO
MTBN国内王者、UMC王者、A1世界王者(すべて63.5㎏)

UMA(K&K BOXING CLUB)インタビュー

インタビュー

公開日:2018/7/22

聞き手・撮影 茂田浩司
試合写真・クンルンファイト

「北海道から世界への扉を開く!」
どさんこキックボクサー、UMA(ゆうま)。
対戦相手は日本屈指の実力者・健太。
「健太選手を倒して、次のステージに進みます」

REBELS中量級で活躍する「どさんこキックボクサー」UMA(ゆうま)。トリッキーで、多彩な蹴り技を武器に、今年4月、中国・北京市で開催された「クンルンファイト」では地元の中国人選手から得意の飛び膝蹴りでダウンを奪い、堂々の判定勝利を収めた。
 REBELS.57では、中量級日本トップの健太(WBCムエタイ日本ウェルター級王者)と激突。UMAにとっては5年前に敗れた相手とのリベンジマッチであり、日本のトップ戦線に食い込むための重要な1戦であり、と「燃える要素」満載の試合だ。
 地元、北海道札幌市で最終調整に励むUMAに、大一番を前にした思いを聞いた。






中国・クンルンファイトで念願の初勝利!
「また海外で勝負したい。ONEに出たいです」



 「今回のREBELS.57は、梅野(源治)選手や才賀紀左衛門選手の出る注目度の高い大会ですよね。こういう大会に呼んで貰って、本当にありがたいです」
 UMAが声を弾ませるのは理由がある。
 REBELSに出場するのは今年2月のREBELS.54以来。この時は、K-1ファイターの小鉄(K-1ジム目黒TEAM TIGER)と戦い、判定で勝利したものの、納得のできる内容ではなかった。
「あの大会は、梅野選手のタイトルマッチ(ルンピニースタジアム認定ライト級王座決定戦)があって、後楽園ホールが超満員の観客で埋まっていました。自分の存在をアピールするチャンスだったのに、僕は自分でも『なんだこれ?』っていう試合をしてしまった。全然自分の動きが出せなくて、本当に悔しかったです」

 試合後、UMAはREBELSの山口代表に次戦の希望を伝えた。
「『もう1回、クンルンファイト(中国)で勝負したいです』と話しました。そうしたら、すぐに試合を組んで貰えたんです」
 UMAは昨年7月、クンルンファイトに初参戦。地元の中国人選手とヒジありルールで戦った。ハイキックでダウンを奪われ、ヒジ打ちで切られたものの、最終ラウンドは反撃に転じて追い上げた。結果は0-3の判定負けだったものの、内容的には初の海外遠征で大健闘といっていいものだった。

 が、UMAにとっては、忘れがたい屈辱的な敗北だった。
「全然うまくいかなかったですね(苦笑)。ヒジで切られた傷が深かったのか、試合後にめっちゃ髪を剃られて14針も縫われたのもショックで(苦笑)。ホテルは豪華だったんですけど、飯がめっちゃまずいし、帰りも本当に遠くて(海南島)。なかなか日本に着かないんです。
 だけど、海外での試合は本当にメンタルが鍛えられますね。その時『絶対にリベンジしよう』って思いました」

 UMAは今年4月15日、中国・北京市でおこなわれた「クンルンファイト」に参戦。中国の実力者、バイ・リーシャイから得意の飛び膝蹴りでダウンを奪うと、その後も攻め続けて3-0の判定勝利を収めた。
「めっちゃ嬉しかったです。勝ってテンションが上がって、同じ大会に参戦した森田(崇文)選手やTOMOYUKI選手と一緒にアフターパーティーに参加して軽く食って。向こうは大会が終わるのが夜12時ぐらいで遅くて、アフターパーティーに出るとホテルの部屋に戻るのが午前3時。翌日の帰国便が早いので朝5時にロビー集合だったんですけど、それもまったく苦にならなかったです(笑)」

 UMAは北海道札幌市在住。東京での試合は実質的にアウェーでの戦いで「アウェー慣れ」はしているものの、海外という圧倒的なアウェーの地での勝利は格別だった。
「クンルンファイトで勝って、本当に嬉しかったですし、また海外で勝負したいです。次はONE(Championship)に出てみたい、と思ってます。ONEなら、AbemaTVで配信しているので周りの人も見られるじゃないですか。僕は、北海道で試合したのは3、4年前ですし、最近のREBELSは配信がないので、北海道の人たちは僕の試合を見る機会がないんです。
 ONEで長谷川(賢)選手がボーナス5万ドル(約550万円)を貰った、という話を聞いて『すごいな』と思いました。負けた選手にも『いい試合だった』とボーナスを出してくれたら、選手としてはやりがいがありますよね。
 僕も、プロでやっている以上、そういう大きな舞台で勝負してみたいです。そのためにも、まず目の前の健太選手との試合をクリアしないと」






REBELSのチャンピオンになって、北海道にキックボクシングを広めたいし、もっと海外で試合もしたい。
「その先」のステージに上がるために、健太選手を倒します!



 健太とは2013年6月のREBELS群馬大会で初対戦。その時は0-3の判定で敗れている。
「3R目に上手くまとめられて負けましたけど、自分では『まあまあ出来たかな』という感じでした。めっちゃ効かされた攻撃もなかったです。ただ、戦い方が上手だったですね。どこで休んで、どこで攻めてをよく分かってて、頭の良い選手だな、と。あの頃の自分ではまだダメでした」

 その後、UMAは中量級のトップクラス、中村広輝、水落洋佑、ザカリア・ゾウガリーらと対戦し、キャリアを積んできた。ただ、中村には勝利したものの、水落とザカリアにはKO負け。中量級のトップ戦線に食い込むことは出来なかった。

「去年、一昨年は勝ったり負けたりでした。試合が決まってもあまりモチベーションが上がらず、その状態で試合してしまったこともありました。でも、今年はとても調子がいいですし、やっと試合で『自分のやりたいこと』がやれるようになってきました。何より、昔よりも『1戦1戦をちゃんとやらないと』という意識が高くなったと思います。
 27歳になって、周りの友達もちゃんと働いてますし、さすがにバイト感覚ではやっていられないので。もう新人でもないですし、キャリア的には中堅と呼ばれるところで。
 今までのキャリアで、まだ『代表作』といえる試合がないんですけど、健太選手との試合で代表作と言える試合がしたいです。健太選手はそこらの日本チャンピオンをあっさりとクリアしてしまうし、誰もが認める日本のトップですよね。だから、僕がこれからいろんなステージに上がるためにも『健太選手に勝つこと』はめちゃめちゃデカいです。
 僕が一流として認められるか、まだ一流の選手よりも下なのかが、今回の試合で判断されると思います。僕にとって、どうしても越えたい、越えなくてはいけない目標なんです」

 日本のキック界では知らぬ者はいない「健太」という大きな存在。そのビッグネームを「越えなくていけない」のは「北海道在住」にこだわるUMAらしい理由がある。

「東京なら、ジムで一般会員さんを指導して、空いた時間に自分の練習が出来るし、トレーナーもスパーリングパートナーもいて、試合のチャンスも多い。キックボクシングだけで生活が出来るのは本当に羨ましい環境です。だけど、僕は北海道でキックボクシングをやり続けていることに意義を感じているんです」

 UMAの1日のスケジュールは、夜12時から朝7、8時までなか卯でアルバイト。午前中は寝て、昼過ぎに起きるとジムで一般会員と一緒に基礎練習。それが終わると休憩し、夜8時から11時まで練習。終わると朝までアルバイト。その繰り返しだ。

「その生活を、試合前は週5、試合のない時は週6でしてます。もう5、6年やってて、会社からは『社員にならないか』ってめっちゃ言われますよ(苦笑)。
 スパーリングパートナーもいないし、練習環境は良いとは言えないですけど、こんな僕が活躍すれば、同じ北海道の人とか地方でキックをやってる人を勇気づけられるんじゃないか、って。
 ただ、僕は恵まれてます。北海道の選手で、こんなに頻繁に東京に呼ばれて試合のチャンスを貰っている選手は他にいないです。だから、REBELSの山口代表に感謝していますし、僕は『REBELSのチャンピオンになりたい』っていう気持ちはすごく強いです。
 僕の夢は、北海道にキックボクシングを広めることです。そのためにもREBELSのベルトが欲しいし、自分の価値をさらに高めて、海外のリングでも活躍したい。
 だから、今回の健太選手との試合は絶好のチャンスです。今は1日中、健太選手との試合のことを考えて、ずっと頭の中でシミュレーションしてます」
 健太にリベンジするための課題が、UMAにははっきりと見ている。
「今回は、いかに健太選手のリズムを崩せるか、だと思ってます。相手は百戦錬磨なので、他の選手と同じようなことをやってもダメ。いかに健太選手の考えの裏を突けるか、です。
 僕の飛び膝蹴りとか回転系の技は相当警戒してくると思うので、僕は上手く距離を考えながら、的を絞らせないようにします。今回はヒジありルールなので、余計に距離が大事ですね。今、言えるのはここまでです(笑)。
 今回は、梅野選手とか紀左衛門選手が揃う豪華なメンバーの中で、日本人中量級トップの健太選手を相手に、自分の個性をしっかりとアピールしたいです。
 健太選手を倒して、みんなに『UMAって強いな』と思わせたいですし、思わせます! そうして、REBELSのチャンピオンベルトを獲って、ONEにも出たい。国内ではREBELS、海外ではONEを主戦場にして、定期的に試合ができたら理想ですね。プロでやってる以上、世界のトップが集まるリングで戦いたいですから。
 絶対に次のステージに進むためにも、健太選手を倒して勝ちます。頑張ります!」

プロフィール
UMA(ゆうま 本名:松井裕馬)
所  属:K&K BOXING CLUB
生年月日:1990年12月12日生まれ、27歳
出  身:北海道札幌市
身  長:177cm
戦  績:32戦18勝(9KO)13敗1分
元REBELS65㎏王者

^